感覚
◇◇◇◇
俺が目を開けた時、いつの間にか太陽が真上に来ていた。
昼ぐらいにはなっているんだろう。
ベンチから起き上がって伸びをした。意識もしていないのに、喉から大きめな音が鳴って、深く息が出る。
ふかふかのベッドでもないのに、ここ最近で一番よく眠れた気がした。
横を見ると、輝夜は唇を手で抑えて、頬が赤かった。惚けているのか、ぼ〜、と目の前の空間を見つめている。
「悪い、寝過ぎた」
「……」
「お〜い」
「ッ! ……もうおじさん起きるの遅いよ♡」
俺が声を掛けると、輝夜は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐにいつも通りの言葉が返ってきた。
輝夜は俺が起きるまで待っていたらしい。待つのが嫌なら起こしても良かったのにな。
だが輝夜は、そんなことは気にしてもいないようだった。何故か嬉しそうだしな。
「頬が赤いぞ、気分は悪くないか?」
「大丈夫。風邪とかではないから」
「そうか」
輝夜が大丈夫と言うなら、大丈夫なのだろう。
俺はさっそく賢者のシフォンに教わった訓練方法を輝夜に教えた。
輝夜も待ってましたよ言わんばかりに、訓練方法を聞くなり、すぐに行動に移した。
魔力を感じる訓練を試して、数分が経った。
「ねぇおじさん、これって効果あるの?」
今、輝夜はその場で逆立ちをしている。
輝夜は俺に『効果あるの?』と聞く。これで魔力が感じられるのか? と、怪しんでいるのだろう。
逆立ちに魔力を感じる効果があるのか、か。
……そんなの俺が知るわけないだろ。シフォンに聞いたんだから。
だが俺の考えは決して口に出してはならない。賢者様には悪いが、俺も輝夜と同じことを思っているのだから、『これ、効果あるのか?』と。
まぁ賢者様が教えてくれたんだ、これも間違いじゃない。俺が指示した方法よりも確実に正解に近いはすだ。
シフォンから教えて貰った訓練方法は、
『風の初級魔法を身にまといながら、人の支え無しで逆立ちする』
これだけだ。
俺には思いもつかなかった方法。さすが賢者様だな。
シフォンから『その人の属性は何ですか?』と聞かれた。属性によって訓練方法にも違いがあるのだろうか?
輝夜が今、身にまとっている魔法は、初級魔法の『ウィンドシール』
この魔法は、輝夜の不安定な身体を支え、ネズミ色のワンピースがずり落ちるのを阻止している。
ワンピースのスカートがパタパタと風によってなびく度に、輝夜の健康的な太ももが現れては隠れる。
「どうだ? 魔力の感覚は掴めそうか?」
「ん〜、どうだろ。今掴んでるのは、私のスカートの中を見ようとするおじさんの視線ぐらいかな」
「そうか。疲れたら休めよ」
俺はベンチに横になりながら、目をつぶった。
「おじさん、おじさん」
「なんだ?」
目を開けると、逆立ちをやめた輝夜がいつの間にか俺の目の前にいた。
「さっさと訓練しろよ」
「おじさんが見てないと嫌。私の事ちゃんと見ててよ」
「見てるだろうが」
「起きて見てて」
めんどくさい注文をしてくる輝夜だが、輝夜は辛そうな顔をして、泣きそうな目で俺を見てくる。
そんな顔は反則だろ。
「ダメ、なの?」
「わかったわかった。早く訓練をやれ」
輝夜は後ろに足を運びながら「やった」と言うと、パッと顔をほころばせた。
「なにがそんなに嬉しいのか」
「ん? なにか言った?」
「なんでもねぇよ」
輝夜は、ある程度の距離まで離れると、風の初級魔法の呪文を詠唱して、逆立ちをした。
「おじさん、私に言う愛の告白ならもっと大きい声で言ってよね♡」
「機会があればな」
俺はベンチから起き上がり、ベンチに座り直した。
この訓練を俺は何年見続ければいいんだ? 流石の輝夜だって、魔力の感覚を掴むまで結構掛かると俺は踏んでいる。
輝夜の事だから五年は掛からなくても、一年ぐらいは掛かりそうだ。
何年掛るか分からない。だからシフォンも魔法の感覚を忘れないように、魔法のコントロールと合わせた訓練方法なんだろう。
それぐらいは俺にも何となくだが分かっていた。
のんびり待つか。
「おじさん、手のひらが変!」
「……え?」
まさかもう魔力の感覚を掴んだのか? しかも、手のひら?
「どう変なんだ?」
「なんかなんか、ちゃぷちゃぷする感触があるの!」
ちゃぷちゃぷとする感触? そんなに強い感覚があるのか? 魔法を使っているからだろうか?
「その手のひらの感触を忘れずに、次のステップだ。まずは手の内側から腕にかけて、その感触が広げられるか試してみろ」
まだ魔力の感覚を掴む訓練をやって十五分ぐらいだぞ。そんなにこの訓練方法がいいのか? いやそれはない。やはり輝夜の適応力が驚異的に高いのだろうと思う。
最短一年が、十五分。どれだけ時短するんだ? 次は魔力の感覚を広げるステージだ。流石にこれは一ヶ月ぐらいは掛かるんじゃないか?
あんまり覚えていないが、俺が魔力の感覚を全身まで広げた期間は三ヶ月だったような……。
「おじさん! 出来たよ! ほら見て、全身の魔力が動いてる!」
俺には魔力は見えない。輝夜がそう言うならそうなんだろう。
俺の視界に見えるとするなら、魔力が動かせたことを喜ぶ輝夜の笑顔と、風になびくワンピース。
魔法に集中出来ていないのか、ワンピースがずり落ちて、逆立ちのまま白の下着を露出している輝夜の姿だけだった。
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