生きる理由
このエルフは俺に『生きる理由』を作ると言った。
唐突にエルフが左手を軽く上げ、俺の視線を左側に誘導するように手を開く。そこにはいつの間にか一人の女が立っていた。
「どんな手品だよ」
気が抜けていた状態だったとしても、俺が魔法の反応も感知できなかった。
いや、魔法を使ったのか?
これでもうこのエルフは普通のシスターではないということは分かった。
「コイツはユイカ。お前も知ってるだろ」
エルフが横の女の名前を口する。
ユイカ?
エルフの横にいる女は、エルフと同じ白の修道着を着ている。違うところがあるとするなら豊満な胸ぐらいだろうか。
それとあと一つあった。両目を覆うように包帯が巻かれてある。
知っているだろと言われると、ユイカの顔、どこかで見た事がある気がする。
「ユイカ・サトウと言えば分かるか」
フルネームを聞いた瞬間に、モヤモヤが掛かっていた記憶がハッキリとした。
「
「そうだ」
ユイカ・サトウは勇者だ。
勇者のパレードで何回も見たことがある。
「『不治の病でも完壁治す魔眼』を持つ聖騎士様がどうしてここにいるんだ?」
「魔眼が無くなったからだ」
エルフはここに居る理由じゃなく、ここに来た理由を話した。
ユイカの両目が包帯で覆われている時から、もしかしたらとは思っていた。
両目が無くなっていたのか。
「そういう事か」
魔眼が無くなり、使えない奴認定をされたから、ここに居るんだろう。
「だがよく生きてたな。聖騎士になったほどの実力者だ。魔眼が無くなったら、サクッと殺して魔力だけを搾り取る。そういう国だろ、この国は」
「お前が言うように聖騎士になったほどの者だ。殺して他の勇者の反感を買うよりも、生かしていた方がいいと聖王国も判断した。そいうことだ」
「そうしたら記憶を消せばいい。簡単なことだ」
この腐った国ならそうする。エルフも分かっているはずだ。
「それが今の時期に出来ると思うか?」
「今の時期だと?」
「記憶消そうにも、相当の魔力が必要になる。お前は最近体験したはずだが……。
この国を覆うほどの強力な『
今の時期か。胸糞悪い。
「お前は俺の家を消すためだけに、この国は魔力を温存したと言いたいのか」
「そうだ。クリスティーナだけでもこの国から記憶を消すのに相当な魔力が必要だったはずだ。私の日記を見ただけでも、クリスティーナは民の皆んなから愛されていた」
父さんも母さんも、妹のルーナだって道を歩いているだけで、人が集まってきて大変だった。この国には隅から隅まで記憶がこびりついている。
民から愛される穏健派のリーダー格だった公爵家を消すのには、相当な魔力が必要だったことは分かる。
しかも聖王の誕生を祝うために貴族が集まるこの時期が一番、記憶を消すのに打って付けだったということだ。
「ユイカもこの国の発展に大きく貢献していた。周りの国でも殺戮姫と言われ恐れられているぐらいにな」
「その女の記憶をこの国から消すのも、相当な魔力を消費するわけか」
邪魔な公爵家と、両目を失った魔力が多いだけの女。どちらを優先的に消すかは明らかで、邪魔な公爵家一択だ。
「ユイカは運が良かった。少しでも何かがズレていれば殺されていたかもしれん」
次の『
両目を無くしているんだから運が良いとも言えないのか。
「ユイカのように用無しになっても生きている勇者を私は沢山見てきたからな」
沢山見てきたか。
魔力が多い者で殺されないという選択肢を取られた勇者が他にもいたんだろう。
長寿のエルフが言っていることだ。それなりの信ぴょう性がある。
「アイク、ここからが本題だ」
「本題?」
エルフは笑顔を引っ込めて、真面目な顔をする。
「ユイカが普通の日常をおくれるようにしてくれ」
「は?」
エルフは「頼む」と、頭を下げた。
「これがお前の言う『俺の生きる理由』か?」
「そうだ」
「なんで俺が勇者なんかを助けないといけないんだ。お前は分かっているのか」
静まっていた怒りが再度、胸の内でふつふつと込み上げてくる。
「分かっている」
淡々と言うエルフの言葉。その言葉は俺の琴線に否応なく触れた。胸の内から逆流する感情に抗うことなく、吐き出す。
「分かっていると言ったか、分かってないじゃないか! 分かっているなら俺に勇者の助けなんか絶対にさせない。父さんと母さんはその勇者に首を刎ねられたんだぞ!!!」
頭を下げていたエルフがゆっくりと頭を上げる。
「お前こそ分かっていない。その勇者は、ユイカじゃない」
「ッ! ……勇者は勇者だろ。簡単に折り合いは付けられない」
エルフにそんな当たり前なことを言われて、歯切れが悪くなる。父さんと母さんを殺したのはユイカじゃない。そんなことは分かっている。
喉まで差し掛かっていた怒りを誰に向けていいのか分からず、舌打ちをして飲み込んだ。
「ましてや、その勇者も聖王に忠義を示しだけだ。その勇者も悪くないだろ」
「じゃあ全部悪いのは聖王か」
「それはもちろん全部聖王だ」
聖王国の人間なのに、聖王が全部悪いというエルフに呆れて、フッと鼻で笑った。
「頼む、アイクお前にしか頼めない」
「俺を便利屋かなんかだと勘違いしているようだが、なんで俺なんだ」
「お前の実力は知っているつもりだ。クリスティーナがアイクに不可能なことは無いと言っていたからな。もし困ったことがあれば、それもアイクに頼めとも言われている」
「また母さんか。何度頼まれても俺の考えは変わらない」
勇者を助けることなんて絶対しない。これは揺るがないことだ。
「頼んで聞かなかったら、最後の手段」
エルフは日記を手に取り、開く。そして数ページめくり、指でページをさした。
「あったあった。えっと、悲しみは悲しみを……」
それは母さんの言葉。
『悲しみは悲しみを生まないように、月の女神エルトリーデ様がくれた大事な感情です。悲しむ人がいたら、進んで手を差し伸べなさい。そして救いなさい。救える力があるなら』
そして、その言葉をいった後は、俺にだけいう言葉があった。
『アイク、貴方は悲しんでいる全ての人を助ける力がありますね』
俺は、俺のことを自慢気に話す母さんの笑っている顔が好きだった。
「逐一母さんの言葉まで日記に書かなくてもいいだろクソエルフ。……お前の頼みを聞くのはこれで最後だ」
「おぉ私の頼みを聞く気になったのか」
「次はないぞ」
「分かっているさ」
はぁ、とため息を吐く。
母さん、あなたは死んでも俺を引っ掻き回すんですね。
「あとな、私の名前はマリアだ」
「マリア? 冗談だろ」
「い〜や冗談じゃない」
在り来りな名前だ。だが在り来りだからこそ俺には冗談だと思った。
「喜びの女神から名前を取っているのか?」
「そうだ」
喜びの女神・セティルマリア。この女神様は人に『喜びの感情』を与えたと言われていて、『光の属性』をつかさどっている。
子供に付けるなら在り来りな名前だ。
だが……。
「お前に女神のような清楚さを感じない」
「よく言われるよ」
マリアはハッと笑い、「私もそう思う」と付け足した。
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