第11話 弟
真行寺さんが帰った後、両親から異世界での暮らしについて質問攻めにあったが、答えられることは少なかった。
そもそも魔力と魔法を使いこなす訓練に明け暮れる日々だったし、大森林のど真ん中だったのでルカ師匠以外には誰とも接触していない。
ルカ師匠のツリーハウス以外に建物なんか無かったし、食べ物も穀物や調味料以外はほぼ自給自足の状態だった。
それに魔法についてはどこまで話して良いのか分からないし、ルカ師匠による夜の手ほどきなんて話す訳にはいかない。
結局殆どの時間は、手術跡が消えて綺麗になった上半身を見せながら、ルカ師匠がいかに凄い魔法使いなのか語って誤魔化した感じだ。
二ヶ月間も行方知れずになって心配を掛けたのに、まだ隠し事をしないといけない後ろめたさを感じながらも、母さんが用意してくれた昼食を夢中になって食べた。
「おいおい、誠、そんなに慌てて食べて大丈夫なのか?」
「大丈夫、これまでの僕とは違うから平気だよ」
父さんが心配するのも当然で、これまでの僕ならば食べ過ぎると酷い胃もたれを起こして戻してしまっていた。
そもそも、食欲がある日の方が少なく、僕にとって食事は楽しむものではなくて、命を繋ぐ栄養を補給する作業だった
ルカ師匠に魔改造された後、食べたクッキーの美味しさに驚いたのだが、それまでの僕は様々な薬や治療によって味覚障害を起こしていたらしい。
本来の味覚や嗅覚を取り戻してからは、食事が凄く美味しいし楽しく感じられるようになった。
それを話すと、また父さんは目元を覆って何度も何度も頷き、母さんも涙を流しながら僕を抱き締めてくれた。
そんな両親の姿を見ていると、これまでの自分が、どれほどの心配を掛けてきたのか改めて思い知らされた。
もう健康に対する心配は無い。
ルカ師匠曰く、僕の体にはあらゆる病気に対する耐性があるそうだし、物理耐性についてはドラゴンが踏んでも壊れないそうだ。
そもそも壊れないように作り変えられたのに、自動修復機能まで備わっているそうだ。
これは周囲に融け込むために耐性を落とした時などに、負傷した場合への備えらしい。
その上、治癒、回復、復元などの魔法も、ちゃんと使えるように訓練させられた。
魔法技術と知識の粋を結集し、悪乗りして作り上げられた体なんだろうが、その一方でルカ師匠が本気で僕を心配していたのも事実だ。
両親の愛情と日本の医療技術によって命を繋ぎ、ルカ師匠によってチューンアップされた体を僕は正しく使っていきたい。
両親の質問攻めが一段落した所で、自分の部屋に戻って真行寺さんから渡されたスマホの使い方を確認した。
これまでも、入院生活の長かった僕は、両親とのコミュニケーションのために早い時期からスマホを与えられてきた。
IT企業に勤めている父さんから色々教わっているので、スマホやパソコンなどの扱いはお手の物だ。
スマホには、指紋認証や顔認証の他に虹彩認証の機能も付属され、既に僕の情報が登録されていた。
しかも、操作中もバックグラウンドでインカメラが作動していて、僕以外の人間が操作していると判断されるとロックされる仕組みになっているようだ。
マニュアルには、そうしたセキュリティーや起動に関する基本的な情報が書かれているだけで、詳細についてはスマホ本体で確認するようだ。
こうした措置も機密保持のためなのだろう。
充電ケーブルを繋げながら、スマホにインストールされているアプリを確認していると部屋のドアがノックされた。
うちのマンションは3LDKの作りで、僕と弟には自分の部屋が与えられている。
「兄さん、入るよ」
ノックに続いて明るい声が響き、僕が返事をする前にドアが開かれて弟の勇が入ってきた。
にこやかな笑みを浮かべて入ってきた勇だが、ドアを閉めた途端に不機嫌そうに口許を歪めてみせた。
「ちっ、ホントにしぶといな……ゴキブリか、手前は」
歩み寄って来た勇は、僕の後頭部を平手叩く。
ふざけてツッコミを入れるといった感じではなく、頭が揺れるほどの強さだ。
弟の勇は、父さんや母さん、近所の人がいる時や学校などでは爽やかな好青年を演じているが、僕と二人きりになった途端本性を現す。
いや、好青年の顔が本性で、僕に対峙している時だけ闇落ちしてるのかもしれない。
「おぉ、いいスマホじゃん、俺にくれよ」
「勇じゃ使えないよ」
「あぁ? 手前に使えて俺に使えない訳ねぇだろう」
「最初から僕の顔や指紋、虹彩などの個人情報が登録されていて、他の人には使えないようになってるんだよ」
「ちっ、使えねぇな……おい、アイス買いに行って来い。高いカップのやつ、手前の金でな」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、勇は勝ち誇ったように命令してくる。
僕が病弱だったおかげで、母さんは看病や付き添いに掛かりきりで、本来受け取る愛情を与えてもらえなかった……というのが勇が僕をイビる言い分だ。
僕だって好き好んで病弱だった訳じゃないし、しんどい、辛い、それこそ死にそうな治療を受けてもワガママは言わずにきた。
だから僕から言わせてもらうならば、勇ばっかり健康でズルいとも思うのだが、まぁそれはお互い様なのだろう。
それに、腕力、暴力では全く太刀打ちできなかったのも事実で、これまでは勇の言いなりになるしかなかった。
机の引き出しを開けて、中に入っている仕切りの皿も取り出す。
その下には僕のヘソクリを入れた封筒が置いてある。
「こいつ、こんな所に金を隠してやがったのか」
この金は自分のものだとでも思っているのだろうか、封筒を引っ手繰ろうとした勇の手を払い除けた。
「手前、調子に乗るな……」
「勇、五百円玉を指で折り曲げられる?」
「はぁ? マンガじゃあるまい……し?」
勇の目の前で、右手の親指と人差し指で挟んだ五百円玉をクイっと二つに折り曲げる。
二つに折った五百円玉を持ち換えて、もう一度折り曲げてみせた。
「四つ折り程度は簡単だろう。もう一枚あるからやってみろ」
「な……なん……で」
「なんで、こんな事が出来るのかって? 異世界に行って魔法が使えるようになったからに決まってるだろう」
勇は僕が差し出した五百円玉を手に取り、指で挟んで真っ赤になりながら力を加えたが、曲がる気配すら無かった。
「お前さぁ、僕に八つ当たりするのもう止めろ」
「なんだとぉ?」
「お前は気付かれていないと思ってるのかもしれないけど、母さんはとっくの昔に気付いてるぞ」
「えっ……?」
「何度も大丈夫なのかって聞かれて、その度に平気だ、勇も大人になれば分かるよって言ってきたけど……お前は、いつまで経ってもガキのままだもんな」
「うっせぇ!」
勇が振り回してきた平手打ちを軽く受け止めてみせる。
魔改造によって動体視力も爆上がりしているから、スローモーションのように見えている。
「お前はストレス発散して気分良くなってたんだろうが、じゃあ僕はどんな気分だったか考えたことがあるか?」
「手前にそんな事言う資格は……」
「資格があるとか無いとかじゃなくて、僕がどれ程ムカついていたか分かるかって聞いてるんだ。その僕が、力を手にしたらどうなるか……お前、考えたことあるか?」
四つ折りにした五百円玉を勇の顔に突き付け、グニュっと潰してみせたところで部屋のドアが勢いよく開けられた。
「何をしてるの?」
顔を覗かせたのは、表情を強張らせた母さんだ。
「大丈夫だよ、母さん。僕が健康になったから、これからは心置きなく兄弟喧嘩ができるって勇と話してただけだから」
「誠!」
「僕はこれまで結構我慢してきたと思う。でも、これからは嫌なことは嫌だとハッキリ言うことにしたから。分かったな、勇。これからは僕の前でも良い子でいるんだぞ」
「なんだと、この野郎!」
「勇! 誠も嫌味な言い方はしないの!」
これまで兄弟喧嘩なんて目にすることが無かったので、母さんは戸惑っているみたいだ。
この後、父さんにリビングに呼び出されて、勇と一緒にお説教を食らった。
僕は何も悪くないと思うけど……まぁ、長年溜め込んでいた鬱憤が晴らせたから良しとしよう。
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