第7話 新しい体
どれほど気を失っていたのだろうか。
僕は微かな水音と浮遊感、そして温もりの中で目を覚ました。
「あ、あぁ……」
「目が覚めたかぇ……?」
柔らかな言葉が耳元をくすぐり、僅かな残響を残して虚空に溶けて行く。
どうやら僕は、湯舟の中でルカルディアさんに抱えられているようだ。
「よく頑張ったのぉ……我も興が乗ってしまってな」
「酷いです……」
「うぐぅ……少し掠れた声の破壊力よ……」
なぜだかルカルディアさんが悶絶している。
というか、背中にむにゅんと当たっているのって……。
「なんで一緒にお風呂に入っているのですか?」
「決まっておろう、マコトが色々と粗相をしたからじゃ」
「あっ……ごめんなさい」
魔法が使えるように体をリニューアルしてもらっている間、穴という穴から色んなものが漏れてしまっていた気がする。
いくら理由があろうとも、高校生にもなってお漏らしをする様を見られてしまったのは恥ずかしすぎる。
「ごめんなさい。お風呂から出たら部屋の掃除をします」
「なぁに、部屋は魔法で掃除済みじゃ」
「えっ……だったらお風呂に入る必要は……」
「決まっておろう、頑張った我への御褒美じゃ」
「あっ……ちょっ……らめぇ!」
ルカルディアさんに怪しい手つきで身体を撫で回されるが、リニューアルした反動なのか体が上手く動かせない。
「良いではないか……良いではないか……スッキリとしてしまえ」
「やっ……そこっ……って、デカっ!」
「折角だからな、ここも強化しておいだのだ」
「えっ……ちょっ……らめぇぇぇ!」
もうルカルディアさんには、一生頭が上がらない気がする。
なすがままの状態で全身をくまなく、色んな意味のマッサージをしてもらうと、ようやく体を動かせるようになった。
それでも生まれたての小鹿のような状態で、体を拭くにも、服を着るのにもルカルディアさんの手を借りなければならなかった。
用意されていた服は、あつらえたようにピッタリ……というか気を失っていた間にサイズを測られたのだろう。
「ものすごく肌触りが良いです……けど、なんで半ズボン?」
「決まっておろう、我への御褒美じゃ」
僕の着替えを優先したルカルディアさんが、胸を張ってニンマリと満足げに微笑む。
もう色々と諦めたけど、色々丸見えなんで早く服を着てください。
着替えを終えた後、姿見に全身を映してみたが、当然ながらマッチョにはなっていない。
というか、以前よりも中性的な感じが増しているように感じるのは気のせいであってほしかった。
洗いたての髪は以前よりもサラサラで、艶々と輝きを増している。
日焼けはしていなかったが、色々な薬の副作用でカサついていた肌もシットリとしていた。
「どうじゃ、どうじゃ、我ながら良き仕上がりじゃろう」
「なんて答えて良いのか分りませんが、前よりも健康になった気がします」
「そうじゃな、マコトは少々病弱であったようじゃが、もう心配は要らぬ」
「本当ですか、それじゃこれから背も伸びて、体も鍛えればムキムキになれるんですね?」
「いいや、ならんぞ」
ルカルディアさんは、なにを言っているんだとばかり不満そうな顔をしてみせた。
「えっ? だって健康になったって……」
「うむ、間違いなく健康じゃ。物理耐性、魔法耐性をこれでもかと掛けてあるからな、神級の攻撃魔法にも耐えられるじゃろうし、歳をとる心配も要らぬぞ」
「えっ……それって、もしかして僕はずっとこの姿ってことですか?」
「うむ、その通りじゃ」
「そんなぁぁぁぁぁ……」
衝撃的な事実を突き付けられて、思わず膝から崩れ落ちてしまった。
ショタのまま、ずっと歳をとらないなんて、僕にとっては呪いにしか思えない。
「僕は……僕はマッチョになりたかったのに……」
「マコトよ、姿形なんぞ人の一面に過ぎぬぞ。そもそも、邪魔くさい筋肉なんて持たなくとも、そなたは十分に強いのだぞ」
「えっ?」
「まぁ、今は起きたばかりで上手く体を使えていないが、万全に動けるようになれば、石を握り潰して砂に変えることも出来るじゃろう」
「えぇぇぇ!」
何トン単位の握力ならば、そんなアニメのような芸当が出来るのだろう。
だが、ルカルディアさんは冗談を言っているようには見えないし、僕の頭に強制的に刻み込まれた知識が嘘ではないと告げていた。
リビングへと移動して、テーブルを挟んで植物の蔓を編んだソファーに腰を下ろし、ルカルディアさんが指を鳴らすと、目の前にお茶とクッキーが現れた。
ティーカップは僕が良く知っている日本で使われている形だし、クッキーはプレーンとチョコチップの二種類ある。
以前の僕ならば、突然現れたお茶とお菓子に目を丸くしていただろうが、今はルカルディアさんがどんな魔法を使って、なにを再現したのかも理解している。
これは、僕の記憶の中から再現された紅茶とクッキーだ。
「うむ……マコトの世界の茶は美味いのぉ。このクッキーとやらも絶品じゃ」
「はぁ……いただきます。って、何これ! めちゃくちゃ美味しい……」
「なんじゃ、マコトの世界の菓子にマコトが驚いてどうする」
「いや、でも……これ、めちゃくちゃ美味しいですよ」
「あぁ、それは多分、マコトの味を感じる力が死にかけていたのだろう」
「あっ、そういえば……」
以前、抗がん剤の治療などを受けていた頃に、味が全く感じられないくなった時期があった。
あの後、自分では回復したつもりでいたのだが、味覚障害を起こしていたのかもしれない。
それが、今回の改造によって復活したから、こんなにクッキーが美味しく感じたのだろう。
味覚を取り戻したのは嬉しいが、体が成長しなくなったのは悲しい。
それに、むちゃくちゃな魔法が使える体と知識まで手に入れてしまったのは、ちょっとズルい気がするし、努力して覚える楽しみが無くなってしまった。
「何もかも出来るようになってしまって面白くないか?」
「いえ……まぁ、そうですね」
「マコトは勘違いしておるようじゃが、知っていることと出来るは別物じゃぞ」
「えっ……?」
ルカルディアさんは心を読む魔法も使えるのだろうか、確かにチート級の能力を手に入れたけれど、これはこれで退屈かもしれないと思っていた。
「マコトよ、そなたハンバーグなる料理を知っておるな?」
「はい、知ってますけど」
「だいたいの作り方も知っておるな?」
「はい……それがなにか?」
「魔法を使わずに、思い通りに美味しく作れる自信はあるか?」
「それは……あっ!」
ルカルディアさんが、なにを言いたいのか理解できた。
「そうじゃ、そなたは言うなれば料理の詳細なレシピを知識として手に入れた状態じゃ。だからといって、実際に作ってみなければ微妙な加減は分らぬし、思い通りにはいかぬぞ」
「なるほど……ここからが修行という訳ですね」
「その通りじゃ……」
この瞬間から魔法修行が始まったのだが、僕が考えている以上に僕の体は魔改造されていた。
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