第6話 魔改造
気が付くと、知らない部屋の大きな木のテーブルの上に全裸で縛り付けられていた。
「なっ……なんだこれ!」
「動くでない、まだ治療の途中だ」
「エ、エルフ……」
「我はエルフではない、ダークエルフじゃ」
突然聞こえてきた声の主は、妖艶な美女だった。
銀糸のような髪、黄金色の瞳、尖った長い耳、豊満な褐色の肉体を面積の少ない黒革の衣装で包んでいる。
年齢は二十代後半ぐらいに見えるが、ダークエルフでは見た目通りのはずがない。
というか、全裸で大の字に縛られているので、色々と僕の個人情報がフルオープンなんですけど……。
「あっ……助けていただいて、ありがとうございました。僕は涼原誠といいます」
「うむ、我はルカルディア・デルラクルス・イオラーデじゃ」
「ルカル……」
「ふふっ……ルカルディアでも、ルカでも、好きに呼ぶが良い」
若く見える外見に反して、古臭く感じる言い回しに実年齢が透けて見える。
「あの……ルカルディアさんは、おいくつ……」
「女性に歳を聞くものではないぞ」
「ひっ!」
ニッコリと微笑んだ表情の裏側から漂う殺気に、股間がヒュっと縮みあがる。
駄目だ、この人に逆らったら殺られる。
「気を失っている間に頭の中を覗かせてもらったが、マコトは渡り人のようじゃな」
「えっ、僕以外の異世界人を御存じなんですか?」
「いいや、知識として知っているだけで、実際に会ったのはマコトが初めてじゃ」
「あれっ? そういえば、どうして会話が出来るんですか?」
「翻訳の魔法が掛けてあるからじゃ」
「魔法……そういえば、怪我が治っているのも?」
「治癒魔法と回復魔法じゃ」
「おぉぉ……」
気を失っている間に治療が終わってしまったのは残念だが、この世界には魔法があると分ったのは収穫だ。
「我ほどの魔法の使い手ならば、古傷までも一つ残さず元通り……いや、元以上じゃ」
「ひゃぅ……」
脇腹を撫でられて、思わず変な声が出てしまったが、あれほどウサギどもに齧られたはずがツルツルスベスベに治っている。
それどころか、胸や腹にミミズのように残っていた手術の跡さえも綺麗に無くなっていた。
「良いのぉ……白磁のような肌理の細かい肌に、艶やかな黒髪に黒い瞳……エルフのおなごも羨むほどじゃな」
「あっ……ちょっ……」
お腹から太腿にへと手の平を滑らされ、思わず身をよじってしまう。
変な手つきで撫でないでほしい、この状態でエッチな気分になってしまうと、更に個人情報が漏れてしまう。
「あ、あの……治療が終わっているならば、このロープは解いてもらっても……」
「だから、まだ治療の途中だと言うたであろうが」
「でも、傷はもう……」
「そなた、魔法を使ってみたいとは思わぬか?」
「えっ、使えるの?」
「魔力を得て、それを扱う術を知れば使えるぞ。転移魔法を扱えるようになれば、故郷に帰ることもできるじゃろう」
「日本に帰れる……是非、お願いします!」
異世界での暮らしにも憧れはあるが、健康な体になって両親、特に母さんを安心させたいという思いがある。
僕は人生の半分以上を病院のベッドで過ごしてきたので、当然両親の心労も並大抵のものではなかったはずだ。
健康な体で、普通の生活を送ってみせることが、今の僕にとっては何よりの親孝行なはずだ。
「それでは、これよりマコトが魔法を使えるように施術を行う」
「それをすれば、僕も魔法を使えるようになるのですか?」
「そうじゃが、マコトの体には魔力を流す魔脈や魔力を蓄える魔臓が存在しておらぬ。魔法を使えるようにするには、人為的に魔脈や魔臓を作る必要があるのじゃが、それには多少の痛みを伴う……」
「かまいません! 魔法が使えるようになるなら耐えてみせます」
「そうか……じゃが、マコトの肉体が壊れてしまっては意味が無い。先に肉体を強化し、魔脈と魔臓を作り、魔力を扱う術を移植した後に魔力を充填する」
説明を続けるルカルディアさんの髪が、風も無いのにふわふわと揺れ始め、心なしか輝いているように見えた。
「マコト、覚悟は良いか?」
「はい! お願いします!」
「ならば始めよう……」
ルカルディアさんは、無防備な僕の体を見下ろしながら恍惚とした笑みを浮かべ、ペロっと舌なめずりをしてみせた。
あれ、ちょっと待って、もしかして凄くヤバい人だったりして……。
「この無垢なる肉体が月日の流れに負けて老いたりせぬように……竜の牙にも負けぬ強化を施し……神級の魔法が自在に使えるような魔脈と底なしの魔臓を作り……我が三千年をかけて蓄えた魔法の知識を植え込み……大森林に漂う膨大な魔力を注いでくれようぞ」
「えっ、ちょっ、それって……」
「なぁに、心配など要らぬ……」
ルカルディアさんは、右手を僕の額に、左手を僕の胸の上に添えると、蕩けるような笑みを浮かべた。
「心配は要らぬよ。天井の染みを数えていれば終わる……」
「い、嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!」
ルカルディアさんの両手から凄まじいエネルギーが流れ込んできて、体がバラバラに吹き飛んでしまったかと思った。
手を添えられた額と胸の辺りから、体が別のものへと書き換えられていく。
「あがぁぁぁぁぁぁぁ……」
喉が破れんばかりに叫び、全身が勝手に硬直する。
身体構造の書き換えは、古い皮を無理矢理むしり取られるような激痛を伴った。
ルカルディアさんは、順を追って作業をするような話をしていたが、間違いなく同時にいくつもの作業が進行している。
抗議の声を上げようにも、脳に強制的に魔法の知識が書き込まれていくので、まともな思考が出来ずに意味の無い叫び声をあげることしかできない。
作り換えられて活性化した新しい肉体と、十五年ちょっと共に暮らして来た肉体がせめぎ合う。
この時、僕の脳裏に浮かんだのは、成長できるようになるかもしれないという希望だった。
牛乳を飲んでも伸びなかった身長も、トレーニングしても太くならなかった腕も、新しい肉体ならば変わるかもしれない。
もう小学生に間違えられることも、女の子だと思われることも無くなるかもしれない。
そのためならば、この痛みにだって耐えてみせる。
全身の穴という穴から色んなものを漏らしながら絶叫し、僕は再び意識を失った。
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