第30話 家族の日常

 自宅に戻って、マンションの前で北浦さんに会ったと話したら、母さんが驚いていた。

 北浦さんが訪ねて来たのは午後の一時過ぎだそうで、僕が不在だと言うとお礼の手土産を母さんに手渡して三十分ほど話してから帰ったそうだ。


 時間を考えると二時前には帰ったことになるし、僕の帰宅は夕方になると伝えたそうだから、ずっとマンションの前で待っていたのではないだろう。

 何を話したのかと聞かれたので、まさか告白されて断ったとも言えないので、昨日のお礼を言われただけだと答えておいたのだが、なぜだか勇の機嫌が悪い。


 僕としては、ちゃんと対応しているつもりだし、勇に文句を言われる筋合いは無いと思うのだが……。

 そんな事よりも、僕としては黒帽子の魔の手がうちに伸びて来ないか心配だ。


「誠、明日の警察のアルバイトに行くの?」

「うん、明日は朝からだよ」

「そう……危ないことはしていないわよね?」

「大丈夫だよ。昨日のゴブリンは特務課とは無関係だし、バイトは見ているだけだから危ないことは何も無いよ」

「そう、それならいいんだけど」

「大丈夫、もう勇以上に元気なんだから心配しないで」

「そうなの? でも、元気になったからと言って無茶しちゃ駄目よ」

「うん、気を付けるよ」


 母さんを心配させないように気を配っているつもりだけど、母親とは心配する生き物のようだ。

 夕食を食べながら、アルバイトの内容をあれこれ聞かれたけど、今は見ているだけ、捜査に関わるから詳しい内容は話せないで押し通した。


 実際、金子の頭の中を覗いたとか、その内容とか、金子が死亡したとか話す訳にはいかない。

 ましてや、正体不明の黒帽子なる怪人物に狙われるかもしれないなんて、絶対に知られる訳にはいかない。


 夕食後、自室に戻って明日の予定を考えていたらドアがノックされた。


「兄さん、入るよ」


 入室を許可する前に、勇はずけずけと部屋に入ってきた。


「勇、せめて僕が返事をしてから入って来るようにしてよ。警察の資料とか開いていたら不味いからさ」


 勇は無言でドアを閉めて歩み寄って来ると、声のトーンを落として話し掛けてきた。


「お前、危ないことやってるだろう?」

「はぁ? なんでだよ」

「お前はバレていないと思ってるだろうが、お前が隠し事をしてるのはバレバレだからな」

「何の話?」

「とぼけたって無駄だ、お前は辛い治療も大丈夫、大丈夫って作り笑いして受けて、母さんが帰った後に一人で泣いてたんだろう。看護師さんから聞いて、母さん泣いてたんだからな」


 僕としては、母さんに心配をかけまいと思って我慢していたのだが、逆に弱みをみせてくれないと母さんを落ち込ませていたらしい。


「で……危ないことをやってんだな?」

「仮にそうだとしても話せないよ。それに、今の僕の体は勇が想像するよりも何倍も頑丈だからね」

「頑丈っていったって限度があるだろう」

「なに? 僕の心配してくれてるの?」

「ば、ばっかじゃねぇの! お前に何かあったら母さんが悲しむからだろ!」

「はいはい、そういう事にしておくよ。でも、その心配は取り越し苦労だよ」

「本当だろうな?」

「たまには自分の兄を信じてみたらどうだい」

「うぜぇ……勝手に死んだりしたら……」

「したら……?」

「ぶっ殺す!」

「あはははは……むちゃくちゃだよ」

「うっせぇ! ちゃんと、毎日無事に帰ってこいよな!」

「はいはい、分かったよ」


 ブツブツ文句を言いながら勇がドアを開けると、部屋の外で様子を窺っていた母さんがワタワタしながら口を開いた。


「え、えっと、二人とも早くお風呂に入っちゃいなさい。お父さん帰ってきちゃうからね」


 キッチンに戻って行く母さんを見送って、勇は溜息をついた。


「はぁ……」

「勇、先に入っちゃってくれ」

「いいのか?」

「あぁ、どうせ烏の行水だろ?」

「うっせぇ……」


 勇は廊下に一歩踏み出したところで足を止め、くるっと振り返ると部屋の中に戻ってドアを閉めた。


「ん? どうした?」

「お前、北浦さんに告白されたんじゃないだろうな?」

「……ノーコメント」

「こいつ……」


 されていないと答えようかと思ったが、微妙な間が空いてしまったからノーコメントにしたのだが、勇はこめかみに青筋が浮くほど歯を食いしばった。


「それで……付き合うのかよ」

「断ったよ」

「なんで!」

「今の僕に、そんな余裕があると思う?」

「作ろうと思えば、できるんじゃねぇの?」

「無理だよ。体が急にこんなになって。体調を気にしなくて済むようになったけど、特務課からは行動を監視されている状態なんだよ」

「監視って……バイトじゃないのか?」

「バイトであるのは事実だけど、魔法が使えるようになった僕が、反社会的な勢力に取り込まれたりしないように監視する意味合いもあるんだよ」

「嘘だろう?」

「嘘じゃないよ。例えば、このスマホ。身分証としての機能があるから必ず持ち歩くように言われているけど、たぶん位置情報は向こうに筒抜けだよ」

「マジか……」

「夏休みが終われば警察学校に編入になって寮生活も始まる。僕自身、これからどうなるのか手探りの状態で、女の子と付き合う余裕なんてある訳ないじゃん」

「そうか……それもそうか」


 僕の置かれている現状を話すと、勇は納得したようだ。


「てかさ、誰かに取られる心配をしてるなら、さっさとアタックした方いいぞ」

「な、なに言ってんだ! ばっかじゃねぇの!」

「おーおー、分かりやすいな、勇」

「うっせぇ!」

「なんなら、僕が手伝ってあげようか?」

「うっぜぇ! 死ね!」

「あはははは……」


 今度こそ僕の部屋から出ていった勇は、キッチンで母さんに捕まって、死ねなんて言葉は使っちゃ駄目だと説教を食らったようだ。

 うちの家族は本当に賑やかだねぇ……絶対に黒帽子なんかに手出しさせないぞ。

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