第31話 魔族の影

 翌朝、特務課の手伝いをするといって家を出た僕は、コンビニに立ち寄って買い物をしてから地下鉄の駅へと向かった。

 異世界行きを出張扱いにするアリバイ工作をするために、警視庁の庁舎で転移魔法を使うためだ。


 地下鉄で桜田門駅まで行き、スマートフォンを使って身分証明をして庁舎に入って特務課のあるフロアまで下りた。

 ここ数日で分かったが、特務課は基本的に夜間に活動するようだ。


 情報収取とか、討伐する魔物の居場所の特定などの作業は別班が担当しているらしい。

 スマートフォンを使って結界を抜けてフロアに出ると、松永さんが待っていた。


 目礼を交わして、このまま異世界に転移すると手振りで伝えると、松永さんは静かに頷いた。

 松永さんが居るということは、真行寺さんも居るはずだが、またボロ布のように眠っているのだろう。


 転移魔法を発動して、ルカ師匠のツリーハウスの上空へと移動、再度転移魔法を使って地上に降りた。


「おはようございます、師匠。今日は朝食を持ってきましたよ」


 勝手知ったる我が家のようにツリーハウスに入り、階段を昇って二階のリビングへと向かう。


「ふわぁぁぁ……なんじゃ、こんな朝早くから、そんなに我の体が恋しかったのか?」

「もう、冗談言ってないで、さっさと着替えてください」


 というか、ルカ師匠は寝る時には何も身につけないので、すっぽんぽんの丸見えなんだよね。

 素っ気なく相手をしてるけど、非の打ち所がないないプロポーションだから、ものすごく目の毒だ。


「なんじゃ、なんじゃ、つれないのぉ……朝からというのも乙なものだぞ」

「はいはい、今日は僕の世界の一般的な朝食を買ってきたんですけど、要らないなら僕が食べちゃいますよ」

「ほう、これがマコトの世界の朝食か、なんじゃ、ツルツルしてるぞ」

「それは包装用のフィルムに包まっているからです。食べる時には剥がすんですよ」

「ほほう、なかなか面白そうじゃな、マコト、茶を淹れておいてくれ」

「了解です」


 一旦、身支度を始めると、ルカ師匠の場合はあっと言う間だ。

 魔法で作った水で全身を流し、さっと腕を振れば体も髪も乾いている。


 着るものは全て異空間収納の中だから、その場で取り出して着れば身支度は終わりだ。

 銀糸のような髪も魔法でサラサラに整えられているし、化粧など必要のない美貌の持ち主だ。


 たぶん、魔法で色々整形しているのだと思うけど、そこは突っ込んではいけないのだ。

 ルカ師匠が身支度をしている間に、魔法で出したお湯でお茶を淹れ、師匠お気に入りのカップに注ぐ。


 温度と蒸らし時間を間違えないようにしないと、師匠は味にうるさいのだ。


「さて、マコトよ。これは、どうやって食べるのだ?」


 ルカ師匠が手に取っているのは、コンビニのサンドイッチだ。


「これはですね、ここを引っ張ると……」

「おぉぉ……なるほど、埃やゴミが付かぬように包装し、簡単に剥がして食べられるという訳だな」

「その通りです」

「どおれ……ふむ、柔らかく香りの良いパンと卵の濃厚な味わい……マコト、これはさぞかし高価なものではないのか?」

「いえいえ、これは一般庶民が口にしているものですよ」

「なんと……マコトの世界は贅沢じゃな」


 僕から見れば、この広大な森林を自分の敷地のごとく暮らしている師匠の方が遥かに贅沢だ。

 師匠は僕が淹れたお茶を飲みながら、コンビニのサンドイッチとおにぎりを堪能した。


「ふぅ、なかなかのものだったぞ。さて、マコトよ、今日は何の頼みがあって来たのじゃ?」


 やはりルカ師匠にはお見通しだったようで、昨日の午後からの出来事を話して聞かせた。

 金子のゲスい振る舞いにも眉を顰めていた師匠だったが、黒帽子による術で金子が殺されたところでは更に表情を険しくした。


「マコトよ、それは魔族が好んで使う術式じゃ」

「えっ、魔族? それじゃあ、黒帽子は魔族なんですか?」

「その可能性は高いのぉ」

「でも、魔族って青い肌をしているんですよね?」

「肌の色や姿形を変える程度、魔族にとっては造作もないことじゃ」

「でも、どうして魔族が日本で魔薬の密売なんかしてるんでしょう?」

「さぁな……楽しむためかもしれぬな」

「楽しむ、人を苦しめるのが楽しいんですか?」

「マコトよ、魔族にも色々な奴がおるが、基本的に人族よりも魔力が高く、強い魔法が使える故に、人族を見下している者も存在している。そして人族よりも長い時を生きる奴らは、退屈している者が多いのだよ」


 黒帽子が魔族である疑いが強くなって、胸に抱えていた不安が大きくなってきた。


「師匠、黒帽子が魔族だったとして、僕の存在は気付かれてしまったんでしょうか?」

「いいや、それは無いじゃろう。記憶探索の魔法に触れると勝手に発動する術式だから、誰が探ったまでは気付かぬはずじゃ」

「はぁ……良かった、それじゃあ僕の家族に害が及ぶ心配は要りませんね?」


 ほっと胸を撫で下ろしたら、ルカ師匠はゆるゆると首を横に振った。


「いいや、そうとは限らぬ」

「えっ、でも僕の存在には気付いていないって……」

「今はな……今はまだ気付いておらぬじゃろうが、マコトがその黒帽子とやらに遭遇したように、いずれ力を持つ者同士は巡り会う宿命にあるものじゃ」


 確かに、僕が特務課を手伝いだして、たったの二日で黒帽子に遭遇した。

 ただの偶然かもしれないけど、これまで捜査関係者は誰も姿を見たことの無かった黒帽子が、いきなりその姿を現したのは偶然で片付けてはいけない気がする。


「師匠、僕が近くに居ない時に、家族を守る方法はありませんか?」

「あるぞ」

「本当に?」

「ある事はあるが……それには良い酒を……」

「ちゃんと用意してありますよ! 日本が誇る純米大吟醸です!」

「おぉぉ……さすがはマコトじゃ。良いぞ、良いぞ、この佇まいだけでも美味さが伝わってくるようじゃ」


 ルカ師匠は一升瓶を撫でまわし、蕩けるような笑顔を浮かべてみせた。


「では、家族を方法を教えてくれますか?」

「うむ、反射の魔道具を持たせるがよい」

「反射の魔道具ですか?」

「そうじゃ、相手の攻撃を無効化し、そっくりそのまま撃ち返す魔導具じゃ」

「それは、魔族の攻撃にも耐えられますか?」

「耐えられる……ものも作れる」

「これから作るんですか?」

「うむ、魔族の攻撃に耐え、反射して返すほどの威力を持たせるには、相応の素材が必要となる。ということで……マコト、素材を取りに行くぞ」

「はい! って、素材って何ですか?」

「竜の鱗じゃ!」

「えぇぇぇぇ……」


 驚く僕を横目に、ルカ師匠は大事そうに一升瓶を異空間収納に仕舞うと、出掛ける支度を始めた。

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