第17話 獣人

 カデナルンツァを売って手にした金貨五枚を握って、ギルドの売店へと向かった。

 日本の感覚だと五十万円程度の資金がある訳だが、魔力ポーションの安全性を鑑定する試薬がいくらするのか分からない。


 そもそも、ルカ師匠から貰った知識には、試薬の存在や作り方は載っているのだが、いくらぐらいの値段で流通しているものなのかという情報が抜け落ちている。

 そもそも魔力ポーションは、魔力の残量が気になる人が使うものであって、魔力の塊みたいなルカ師匠には必要ない。


 魔力ポーションが必要なければ、当然鑑定用の試薬も必要ないのだ。


「すみません、魔力ポーションを鑑定する試薬が欲しいのですが」

「は、はひぃ……魔力ポーションの試薬ですね。こちらになります」


 若い女性の職員さんが、震える手で差し出したのは、百ミリリットル程度の大きさのガラス瓶だった。


「この試薬を魔力ポーションに垂らして、赤く濁るものは危険、黄色は注意、青は大丈夫って感じで良いんですよね?」

「は、はい、おっしゃる通りです」


 棚には全部で十本ほどの在庫があるように見える。

 さすがに全部を買い占めるのは気が引けるので、半分の五本を購入することにした。


「この試薬を五本もらえますか?」

「はい、ただいま……」

「おいくらですか?」

「大銀貨二枚になります」

「えっと……これでお願いします」


 ルカ師匠から貰った知識によれば、金貨は小金貨十枚で、小金貨は大銀貨十枚のはずだ。

 つまり、日本円の感覚だと試薬五本で二千円程度だ。


 買い取ってもらったカデナルンツァに比べると、拍子抜けするほどの安さだ。


「お釣りの小金貨九枚と、大銀貨八枚になります」

「ありがとうございます。あの……この試薬って、この店にある分が売り切れたとして、すぐに補充されるものなんですか?」

「はい、特別な事情が発生しない限り、品切れになる心配はありません」

「分かりました」


 確かに、ルカ師匠から貰った知識を探ると、試薬に使われている材料は珍しいものではないようだし、品切れの心配はしなくても良さそうだ。

 試薬とお釣りを異空間収納に仕舞い、ルカ師匠のところへと戻った。


「師匠、お待たせしました」

「なんじゃ、どうせなら買い占めてしまえば良いのに」

「いやぁ、目的の用途で使えるかどうか分かりませんし、それに最初から大量に手に入ると思われたら日本で買い叩かれちゃいますよ」

「ふははは、それもそうだな、うんうん、賢いぞマコト」


 ルカ師匠は上機嫌で僕の頭をワシャワシャと撫でまわした。


「さて、美味い茶を御馳走になるとしよう」

「どうぞ、こちらへ……」


 獅子獣人のガレッティさんに案内されたのは、上客を迎えるための応接室のようだ。

 壁には絵画が掛けられていて、テーブルやソファーも一級品に見える。


「改めて名乗らせてもらおう、エルダールの冒険者ギルドを仕切っているガレッティだ」

「マコトです」


 差し出されたガレッティさんの手は、人の手とネコ科の動物の手を足して二で割ったような感じで、物が握りやすくなってはいるが、肉球も鋭い爪も残っている。

 姿形はライオンそのものだが、その瞳には知性の色が見えるし、何よりも普通に会話が成立しているのだから知能云々と論じるのは失礼だろう。


「マコト殿の暮らす国では、獣人は珍しいのかな?」

「あっ、ジロジロ見てしまってすみません」

「いいや、構わんよ。私も君を観察させてもらったしね」

「僕の暮らす世界には、ガレッティさんのような姿をした方は居ません」

「居ない? 一人もか?」

「はい、おとぎ話の中には登場しますが、暮らしている人は僕に類する単一種族です」

「ふぅむ……どうやら賢者殿の話は真のようだな」

「ふん、何を言うかと思えば……我がマコトの頭の中を覗いて出した結論じゃぞ」

「いやいや、失礼いたしました」


 ダークエルフに頭を下げる獅子獣人のギルドマスターなんて、ファンタジーそのものだよ。

 この絵面を見ているだけでもテンション上がっちゃう。


「さて、ガレッティ、我がマコトを見つけたのは、今から三ヶ月ほど前になるのだが、その時にマコトは三十人ほどと共に召喚されたと言っているのだが……何か聞いておらぬか?」

「マコト殿は、一人で界渡りをされたのではないのですか?」

「はい、同じ年の学生三十人と一緒に召喚されたのですが、僕だけ途中で魔法陣から落ちてしまったのです」


 召喚された時の様子を話すと、ガレッティさんは興味深げに聞いていた。


「なるほど……その様子だと、この世界のどこかの国に召喚された可能性は高いですね」

「そうであろう? 我はマコト以外の者に興味は無いが、マコトは行方を知りたいのではないか?」

「そう、ですね……正直に言うと、新しい学校に入ってから日が浅かったので、仲の良い友人とかは居ないんです。ただ、違う世界に理不尽に連れてこられて、酷い目に遭っているならば助けたいとは思います」

「ということだ、何か噂を聞いておらぬか?」

「ふむ……」


 ガレッティさんは、腕組をして上目遣いに天井を眺めて考えをまとめているようだ。


「渡り人の召喚については、それらしい噂は耳にしておりません。ただ……山の向こうが海の向こうと、また一戦交えるのでは……という噂は聞いています」

「なるほど……」


 今度はルカ師匠が考えを巡らせ始めたが、山の向こうとか海の向こうとかが何を指しているのか分からないので、いまいち話が見えてこない。


「師匠、どういう意味なんですか?」

「ある種の召喚術式を完遂した場合、異世界から強大な魔力を持つ者を召喚できるらしい。我も詳しく知らぬ術式故に、らしいとしか言えないのだが、数年に一度の割合で、あちこちの国が召喚を試みている」

「大きな魔力を持つ者を呼び寄せて、何をさせるんですか?」

「決まっておる、使い捨ての兵士じゃ」

「使い捨てって……」

「考えてもみよ、いきなり何の関係もない国から呼び出されて、命懸けの戦いを強要されたら、友好的な関係を築こうとか忠誠を尽くそうなんて考えるわけないじゃろう」

「確かに……」


 僕が病室で読んでいた異世界ものでは、お願いします、やりましょう……みたいな感じで、あっさりと主人公が魔王討伐を引き受けたりするが、普通は断るのが当然だろう。


「師匠、山の向こうというのは?」

「このエルダールがあるのがイバルロンドという国で、その北西に連なる山脈を越えた先がリアスエロという国だ。リアスエロは、西の海峡を挟んだ先にあるムルダエという国と長年に渡って争っている」

「じゃあ、そのどちらかの国が戦力として僕のクラスメイトを召喚したんでしょうか?」

「そうかもしれないし、そうではないかもしれない。いずれにしても、集団召喚ともなれば相当に大きな術式を構築する必要があるし、折角の切り札を簡単に晒したりしないだろう」


 召喚を行ったかもしれないリアスエロとムルダエについて話しているルカ師匠は、なんだか機嫌が悪そうだ。


「その二つの国は、何か問題があるんですか?」

「ある……リリアスエロは獣人至上の国、ムルダエは魔族が支配する国だ。どちらの国に召喚されたとしても、良い扱いをされるとは思えん」


 今日の目的である魔力ポーションと、その継続的な供給経路については、日本の欲しがる量を確保できる見通しがついた。

 ただし、僕のクラスメイト達が置かれている状況は、思わしくないようだ。

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