第18話 異世界の事情
お茶を飲んだら帰るのかと思いきや、ルカ師匠はちゃっかり昼ごはんまでガレッティさんに要求した。
ガレッティさんも、渡り人である僕の話を聞きたがっていたので、ギブ&テイクといったところなのだろう。
昼食後は、一旦ルカ師匠のツリーハウスに戻った。
僕としては、エルダールの街を見て歩きたかったのだが、ギルドに登録してタグを手に入れたから、これからは何時でも遊びに来られるのだ。
「そうじゃな、今回でマコトが我の弟子だと知れ渡ったから、尖塔の上に転移しても問題ないじゃろうが、まぁ門から入るのが無難じゃろう」
エルダールの街は大森林に近い冒険者の街だそうで、様々な素材を求めて商人たちも集まって来るそうだ。
「金になる物が手に入ると聞けば人が集まって来る。その人を目当てに商売をする者が現れ、その商売人を相手に商売を目論む者も集まって来る。エルダールは欲望の街などとも呼ばれておるそうじゃ」
「なるほど……師匠の口振りだと、良からぬ連中も集まっていそうですね」
「ふふっ、やはりマコトは賢いのぉ、その通りじゃ」
ルカ師匠は目を細めながらニンマリと笑みを浮かべてみせた。
「人、物、金の集まる場所には、楽をして儲けようと考える輩も集まってくる。街を治める領主とガレッティは良くやっておるようじゃが、それでも一掃するのは難しいようじゃな」
日本でも渋谷や新宿などの繁華街には、反社会的な組織があると聞く。
そもそも、今回こちらに来た理由だって、そうした組織が扱っている魔薬を判定する試薬を手に入れるためだ。
「師匠は、そうした組織の撲滅に手を貸したりしないんですか?」
「我がか?」
「はい、師匠ならば簡単に潰せそうですけど」
「ふふん、そうじゃな、やって出来ないことはないが、それは我の仕事ではないじゃろう。何もかも一人の人間に頼るような仕組みは歪じゃ。その一人が居なくなったらどうなる?」
「それは……混乱しますよね」
「その通り、普通の人間であれば病気や不慮の事故で命を落とすことは珍しくない、その時に混乱をきたすような社会では駄目なのじゃ」
ルカ師匠なら少々のことでは死にそうもないけど、だからと言って何もかも師匠任せでは独裁政治と変わらない。
今日みたいに、屈強な冒険者たちまでも黙らせるような行動をしても、ルカ師匠は彼らを支配するような真似はしたくないのだろう。
「ガレッティに渡り人の噂を集めるように頼んできたが、一緒に召喚された者たちがみつかったら、マコトは助けたいと言っておったな?」
「はい、クラスのみんなは自分の意思で召喚された訳ではないので、帰国を希望する人は連れて帰ってあげたいと思います」
「それで戦争が起こってもか?」
「えっ、なんで戦争が起こるんですか?」
「まだ決まった訳ではないが、戦争のための道具を人や金を掛けて召喚するのじゃ、それを奪われたら腹を立てると思わんか?」
「でも、元々は無理やり連れて来られたんだし……」
「それはマコトたちの側の理屈じゃろう」
「それじゃあ、召喚された者の権利は……」
「まぁ、聞け。こちらの世界は、マコトたちの世界とは違うのじゃ」
ルカ師匠は僕の言葉を遮ると、獣人の国リアスエロと魔族の国ムルダエについて話し始めた。
「リアスエロは、ガレッティのような牙や爪を持ち、毛並みで体を守り、人族と同等以上の知性を持つ者たちの国だ。熊族や狼族など様々な種族が暮らしているが、牙も爪も毛並みも持たぬ人族は劣っていると見下されている」
「酷い差別を受けているんですか?」
「そうじゃ、あの国で暮らす人族は様々な制約を受ける。例えば、獣人を奴隷として扱うことは禁じられているが、人族は奴隷として金で売買されている。政府の役職はもちろん、公の仕事に就くこともできぬ」
「そんな所に召喚されたら……」
「まぁ、まともな扱いは期待できぬが、まだリアスエロに召喚されたと決まった訳ではないぞ」
「そうだった……」
リアスエロに召喚されたら悲惨だけど、まだクラスメイトが何処に召喚されたのかは分かっていない。
僕にとっては居心地の悪そうな国なので、用が無ければ近付くつもりはないが、関係が無いなら僕が自分の価値観を押し付けて非難するのは正しくない気もする。
「師匠、ムルダエもリアスエロと同じ様な感じなんですか?」
「ムルダエは、獣人の国リアスエロと仲の悪い魔族の国だから、人族にとっては普通の国だと思って良いじゃろう。逆に獣人は酷い差別を受けると聞いておる」
ムルダエに暮らす魔族とは、見た目は人族に近いが肌の色が青く、平均的に強い魔力を有している種族だ。
肌が青いのは、流れる血が青いからで、人族との間に子供を授かるのは難しいらしい。
稀に子供を授かる場合があるが、無事に生まれてくることは少なく、生まれても長くは生きられないそうだ。
母体の負担も大きく、魔族の子供を宿した人族の女性の多くは命を落としてしまうらしい。
魔族の女性が人族の子供を宿した時でも、若干割合が減るようだが、それでも半数近くが命を落としてしまうそうだ。
そのため、魔族と人族の婚姻は禁じられていないが、推奨もされていないらしい。
「そもそも、なんで獣人と魔族は仲が悪いんですか?」
「さぁなぁ、そもそもの理由は知らぬが、海を挟んで対立を繰り返していれば、仲も悪くなるじゃろう。それよりもマコト、のんびりしていて良いのか?」
「あっ、そうでした。帰らなきゃ……」
「そうではなかろう」
「えっ、でも試薬も手に入りましたし……師匠?」
ルカ師匠は、僕に見せつけるように足を組み替え、ぐっと胸の膨らみを強調しながら唇を舌でなぞってみせる。
「三週間もご無沙汰で、溜まっておるのじゃないか? それとも、良い女子でもできたか?」
「いや、そんな人は……それに昼間からは……」
「良いではないか、良いではないか、この辺りには、我とマコト以外の人間などおらぬ。なにを恥じることがあると言うのじゃ?」
怪しく光るルカ師匠の瞳に見詰められると、魅了の魔法を掛けられたように手招きに抗えなくなってしまった。
僕が東京に戻ったのは、夏の太陽が沈んで、夜の帳が降りる頃だった。
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