第19話 特務課の人員

 皇居の上空三百メートルを目標に転移、すぐさま探知魔法を発動させて人の居ない場所を探して再度転移魔法を使って地上に降りた。

 降りたのは良いが、どうも皇居内部の立ち入り禁止区域のようなので、すぐさま認識阻害の魔法を使った。 それまで我流で走っていたフォームを手直しされると、余計に上手くいかなくなって、むしろタイムは落ちてしまった。


「あれっ、この魔法って監視カメラにも有効なのかな?」


 僕が今使っている認識阻害の魔法は、人や魔物から認識されなくする魔法で、食事中の熊の目の前に立っても認識されないぐらい強力だ。

 ルカ師匠曰く、姿形だけでなく、息遣いや匂い、足音さえも認識されないそうだ。


 ただ、向こうの世界には監視カメラなんて存在していないので、カメラに有効かどうかは試していない。

 認識阻害の魔法を使った状態で移動して、人の目が無くなった地下鉄の駅の階段で魔法を解除して真行寺さんに東京に戻ったとメッセージを送った。


 メッセージを送信し終えた直後、スマートフォンが呼び出し音を奏でる。


「涼原です」

「やぁ、誠君、早かったね。丁度、親御さんに連絡をしようかと思っていたところなんだよ。それで、試薬は手に入ったかい?」

「はい、目的の試薬は入手しました」

「誠君は、今どこにいるのかね?」

「今は桜田門の駅の階段です」

「そうか……我々は出先なんで、戻るまで課で待っていてくれるかね?」

「分かりました」


 真行寺さんとの通話を終わらせた後、自宅に電話をして母さんに少し遅くなると伝えた。

 当然のごとく心配そうだったが、これから警視庁の庁舎に一度戻り、それから帰宅になるので遅くなるのだと伝えると安心したようだ。


「気を付けて帰ってらっしゃい」

「うん、そうするよ」


 母さんとの通話の後、階段を昇って朝と同じ手順で建物へ入り、エレベーターで特務課のフロアまで降りた。

 ドアが開いたところでスマートフォンを使って結界をヌルリと通り抜けると、全身の毛が逆立つような殺気を感じた。


 視線を向けると、真行寺さんが仮眠していたソファーで、山のような大男がタバコをふかしていた。

 短く刈りこんだ金髪、地下の室内なのにミラーレンズのサングラスをして、鼻筋から右の頬には大きな刀瑕がある。


 真行寺さんと同じく黒いスーツを着込んでいるが、その肩幅は僕の三人分ぐらいありそうだ。

 首から肩へのラインの盛り上がり方から見ても、相当体を鍛えているのだろう。


 タバコを持つ右手の全ての指には、複雑な装飾が施された太い金の指輪が嵌められているが、アクセサリーというよりも凶器にしか見えない。


「なんだ、お前?」


 タバコの煙と一緒に吐き出された低い声は、ズシリとした質量と共にぶつかってきた。

 まるで、猛獣の檻に迷い込んでしまった気分だ。


「初めまして、涼原誠と申します。真行寺さんからの依頼で、今日からお手伝いをさせてもらっています」

「ほぉ、お前が異世界帰りか……」


 僕がキッチリ挨拶をすると、金髪の男は牙を剥くような笑みを浮かべてみせた。

 ミラーレンズに邪魔されて視線までは読めないが、こちらを観察しているように感じる。


「それで、何しに来たんだ?」

「はい、真行寺さんが戻るまで、ここで待っていろと言われました」

「ふーん……なら、好きにしてろ」

「ありがとうございます」

「ふん……」


 僕がテーブルを挟んだ斜向かいのソファーに腰を下ろすと、金髪の男はつまらなそうに鼻を鳴らし、短くなったタバコをアルミ製の安っぽい灰皿でもみ消した。 


「あのぉ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「……善杖ぜんじょうだ」


 金髪の男は、僕の質問に一拍間を置いてから、面倒そうに答えた。


「すみません、漢字で書くと……」

「善悪の善に杖、空に也で空也くうやだ」

「ありがとうございます」

「ふん……」


 面倒くさそうにしながらも、聞いてもいない名前の漢字まで教えてくれる辺りは、意外にいい人なのかもしれない。

 といっても、これ以上話し掛けるとウザがられそうなので黙っていると、エレベーターのドアが開く気配がした。


 真行寺さんが戻ってきたのかと思ったら、ゴスロリ風の黒い膝丈のドレスをまとった女性だった。

 足下は厚底の黒い編み上げブーツ、肩よりも長い銀髪は縦ロールにセットして、黒いギターケースを背負っている。


 体格に不釣り合いな膨らみを強調するように胸元は大きく開けられているが、青白い肌と黒い口紅のせいで病的な印象を受ける。

 年齢は僕よりも上のはずだが……よく分からない。


「誰?」


 気だるげに放たれた言葉のプレッシャーは、善杖さんに勝るとも劣らない殺気を孕んでいた。


「涼原誠と申します。真行寺さんの依頼で……」

「あぁ、分かった……」


 ゴスロリの女性は僕の言葉を遮ると、僕の存在すら無かったように無視してフロアの奥へと歩いていった。

 なんと言うか、真行寺さんと松永さんはまともそうに見えたのだが、おそらく特務課の人員だと思われるこの二人は、控えめに言っても変人にしか思えない。


「ふぅ……あんなもんだ」


 新しいタバコに火を着けて、紫煙を吐き出しながら呟いた善杖さんの言葉は、もしかして僕を慰めているのだろうか。


「善杖さん、あの方は何とお呼びすれば……」

「ワンコだ」


 善杖さんが答えた直後、フロアの奥からドンと重たい破裂音がした。

 虫でも追い払うかのように善杖さんが左手を頭の後ろで振ると、ギンっという金属音がして直後に天井からパラパラと埃が落ちて来た。


「ワンコじゃねぇ、殺すぞ!」


 ゴスロリ女の右手には、銃口から薄く白煙を漂わせる大型の拳銃が握られている。

 ワンコと呼ばれた瞬間に、抜く手も見せずにホルスターから抜き放ち、迷いもせず禅杖さんの後頭部を狙って引き金を引いたのだ。


 そして、その銃弾を善杖さんは振り返りもせずに払い除けた。

 なんなの、この人達、ヤバすぎでしょう。


「ワンコじゃねぇ、蘭虎らんこだ。手前も間違えやがったら頭に風穴開けてやっからな!」


 蘭子と名乗ったゴスロリ女は、トリガーに指を掛けたままで僕に銃口を向けてきた。

 そのまま五秒ほど僕を睨み付けると、不意に視線を外して奥のデスクに腰を下ろした。


 あまりに破天荒な行動に呆気に取られていると、善杖さんが手元の手帳を一枚破いて僕の方へと滑らせてきた。

 そこには意外にも達筆で『久慈丸蘭虎くじまるらんこ』と書かれていた。


 蘭虎がゴスロリ女の名前で、苗字は久慈丸というらしい。


「ありがとうございます」


 善杖さんにお礼を言うと、蘭虎さんがギロリと睨み付けて来たが、拳銃は抜かなかった。

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