魔改造されちゃいました!

篠浦 知螺

第一章 異世界で改造された少年

第1話 帰還

「それじゃあ、ルカ師匠、色々お世話になりました」

「うむ、たまには遊びに来いよ」


 褐色の肌に白銀の髪、豊満な肉体を持つ年齢不詳の美女は、大森林の賢者を自称するダークエルフ、ルカルディア・デルラクルス・イオラーデ、僕の魔法の師匠だ。

 今から二ヶ月ちょっと前、僕は異世界召喚に巻き込まれて森の中で死に掛けているところをルカ師匠に助けられ、肉体改造と魔法の手ほどきを受けた。


 ここは広大な森林のど真ん中、周囲には人里どころか道すらも無い場所で、一番近い村まで歩いて行くと十日以上掛かるそうだ。

 魔物の素材を求める冒険者が活動するのは、もっとずっと森の浅い場所らしく、辺りに人の気配は全く無い。


 そんな森の中でルカ師匠と巡り会えたのは、まさに奇跡としか言いようがない。

 視線をルカ師匠から、背後の巨木へと移動させる。


 十階建てのビル以上の高さがある巨木は、内部をルカ師匠が魔法で改造してツリーハウスになっている。

 三階建てで、台所や風呂、トイレ、工房まで完備しているのに、巨木は枯れることもなく活き活きと葉を茂らせている。


 二ヶ月ちょっとの間、このツリーハウスでルカ師匠の指導の下で魔法の修行に明け暮れてきた。

 ようやく転移魔法の制御が出来るようになったので、これから日本に帰るところだ。


「落ち着いたら日本のお菓子を持って遊びに来ます」

「マコト、良い酒も忘れるな」

「分かってますって……」


 この巨木の家で、ルカ師匠と過ごした日々を思い出すと涙が溢れそうになる。

 いたずら好きのルカ師匠に、散々からかわれ続けてきたけれど、今となっては楽しい思い出ばかりだ。


「なにをベソベソ泣いておる、魔法を使えば隣りの部屋に行くようなものだろう」

「そうでした」

「それに、時間などいくらでもある」


 悠久の時を生きるダークエルフにとっては、二ヶ月ちょいなんて普通の人間が瞬きするようなものらしい。

 それでも僕にとっては激動の二ヶ月間だったし、色んな思いが込み上げてくるのだ。


「師匠……」

「まったく、マコトは甘ったれだな」

「ふぐぅ……」


 苦笑いを浮かべつつも、ルカ師匠は僕を抱きしめてくれた。

 女性としては長身のルカ師匠に抱えられると、身長百五十センチそこそこの僕の顔は、深い胸の谷間に埋まってしまう。


 暫しの間、ルカ師匠の柔らかな胸に抱かれた後、涙を拭って向かい合った。


「じゃあ、今度こそ帰ります」

「分かった、分かった、さっさと帰れ。家族が待ってるぞ」

「はい、お世話になりました。あと……師匠も僕の家族ですからね」

「分かっておる」


 ルカ師匠は、右手の人差し指で僕の額を軽く突いた後で、ニカっと微笑んでみせた。

 いたずら好きのいつものルカ師匠の笑顔だ。


「じゃあ、行って来ます、転移!」


 僕の地元、練馬区光が丘公園の上空三百メートルを目標に転移魔法を発動させると、鬱蒼とした森の風景が一瞬にして東京の街並みに変わった。

 転移を終えた直後に探知魔法と千里眼を使い、人のいない場所を探して再び転移魔法を発動させ、無事に遊歩道の上に降り立った。


「うわぁ、雨か……」


 僕が異世界召喚に巻き込まれたのは、高校の入学式から二週間ほど経った頃なので今は七月の上旬、東京は梅雨の終わりを迎えていた。


「まぁ、家に入る前に魔法で乾かせばいいか」


 しとしとと降る雨に濡れながら、遊歩道を歩いて公園の出口に向かう。

 アスファルトの感触、遠くから聞こえて来る車の音、木々の間から見えるコンクリート作りの建物。


「あぁ、東京に戻ってきたんだ……」


 帰って来たんだと実感すると、ルカ師匠と暮らした日々が夢だったのではないかと思ってしまったが……。


「東京の空気にも魔素があるんだ……この濃さなら問題なく魔法を使えるな」


 空気に含まれている魔素を感じ取ると、この二ヶ月ちょっとが現実だったと改めて認識できた。

 桜並木を抜けて、公園北東の赤塚口へと来ると、けたたましいサイレンの音と共に現れたパトカーが急停止した。


 パトカーから降りて来た警察官は、真っ直ぐに僕の方へと歩み寄って来る。

 フェイスゴーグルと防毒マスクを装備しているので、表情が読めない。


「涼原誠君だね?」

「はい、そうですが……」

「異世界から戻ってきた?」

「はい」

「それでは、検疫を受けてもらわないといけないので、一緒に来てくれるかな?」

「分かりました」


 今、何時なのか分からないけど、学校で授業が行われている時間ならば補導されるかもしれないと思っていたが、こんなに早く、しかも名指しで補導されるとは思っていなかった。

 理由を訊ねると、防犯カメラの映像と行方不明者のデータが一致すると警察に知らせが来るようになっているそうだ。


 いつの間に、そんな進んだ技術が使われるようになったか知らないが、僕以外にも異世界に召喚されたと思われる人たちのデータは登録されているらしい。


「あのぉ……」

「どうかしたのかい?」

「家族に戻って来たと知らせるのは、検疫が終わった後にしてもらえますか? ガラス越しの再会とか味気ないんで」

「ははっ、そうだね。分かった、ご家族に知らせるのは検疫が終わってからにしよう」

「ありがとうございます」


 前側の座席とはアクリル板で仕切られた後部座席に乗せられ、警察の施設へと向かう。

 警察官とはマイクを通して会話は出来るようだ。


「でも、ゴブリンとかオークとかが普通に出没するようになってるのに、検疫とか意味あるんですか?」

「確かにあまり意味は無いかもしれないけど、法律で決まっているので協力してもらえると有難い」

「法律って、いつぐらいになったら変わるんですかね?」

「さぁ……異世界から戻って来る人が、もっと増えないと難しいかもね」


 光ヶ丘警察署に向かうのかと思ったパトカーは、サイレンを鳴らしながら川越街道を都心方向へ向かってひた走り、千代田区霞が関にある警視庁本庁舎へと入っていった。

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