第2話 事情聴取

 パトカーは地下にある専用の駐車場に停められ、僕は気密服を着た職員によって特殊なカプセル型のストレッチャーに乗せられて、検疫用の部屋へと連れていかれた。

 ホテルのシングルルームのような部屋で、ベッド、机、テレビやパソコン、バス、トイレなど基本的な設備の他に、隣りにはトレーニングルームもあった。


 今から二週間、この部屋で経過観察や検査が行われ、安全が確認されたら家に帰れるそうだ。

 ただ、部屋には監視カメラが設置されていて少々気が休まらない。


 備え付けの冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して喉を湿らせていると、天井のスピーカーから声が降ってきた。


「涼原誠君、体調に問題が無ければ事情聴取を行いたいのだが、大丈夫かな?」

「はい、大丈夫ですよ」

「それでは、机の前に座って下さい」


 机に備え付けられているモニターには、四十代ぐらいの男性が映し出されていた。


「聴取を担当させてもらう増沢です。よろしく」

「よろしくお願いします」

「最初に、涼原君たちを召喚した国の名前を教えてください」

「すみません、僕は召喚の途中で魔法陣から転落してしまい、クラスメイトとはぐれてしまったので、どこの国が召喚を行ったのか分かりません」

「なるほど……それでは涼原君は、異世界では単独行動をしていたのだね?」

「はい……」


 事情聴取が始まった直後、頭に違和感を覚えた。

 誰かに頭の中を誰かに覗かれそうになっていると感じたのだ。


 すぐさま覗き見を試みている人物を逆探知して、相手の情報を引き出した後に魔法を使って眠らせる。

 この手の精神攻撃は、ルカ師匠に散々イタズラされて鍛えられてきたから、すぐに気付けたし対処も出来た。


 ちなみにルカ師匠が相手だと、僕の恥ずかしい格好の映像などを頭の中に送り付けられたりする。

 何食わぬ顔で事情聴取を続けていた増沢さんだったが、ヘッドセットの音声を気にする素振りを見せた後、目を見開いてモニター越しに僕の顔を凝視した。


 それまで柔和な笑顔を浮かべていた増沢さんの表情が厳しくなり、聴取を進める声のトーンが少し下がった気がした。


「それで、君は黒角ウサギに襲われて死に掛けていた所をルカルディアさんに助けられたんだね?」

「はい、体中を齧られて、出血によって意識を失い、気付いたらルカ師匠の家でした」


 異世界召喚の魔法陣から転げ落ち、大森林に放り出された僕は、角の生えた肉食性のウサギの群れに襲われて食い殺される寸前のところを師匠に救ってもらった。


「そこで治療を受けた?」

「はい、というか気が付いた時には傷は無くなっていました」


 増沢さんは平静を装って聴取を続けながらも、ヘッドセットの音声に耳を傾けているようだ。

 僕が眠らせた人物の容態を気にしているのだろう。


 事情聴取が始まったころの友好的な雰囲気は、もう欠片も残っていない。

 僕としては、警察と敵対するつもりは無いのだが、断りもなく頭の中を覗かれるのは御免被りたい。


「そのルカルディアさんは、どのような人物なのかね?」

「大森林の賢者と呼ばれている……といっても自称なので、本当かどうか分かりませんが、魔法に関して物凄い造詣の持ち主だったのは確かです」

「物凄いねぇ……もう少し具体的に話してもらえるかな」


 そんなに僕の頭の中を覗き見出来なかったのが悔しいのか、増沢さんの言葉には棘が含まれているように感じる。


「具体的に……ですか?」


 具体的と言われても、異世界に召喚される以前は魔法なんて全く使えなかったから、どう説明したら良いのだろうかと迷っていると、突然スピーカー越しにドアの開く音が聞こえた。


「代わろう、ここからは私がやる」


 増沢さんを押しのけるように画面に割り込んで来たのは、二十代後半ぐらいの黒髪の女性で、黒のパンツスーツに黒いシャツで細身の体を包んでいる。

 その程度の服装ならば、さして珍しいとは思わないが、女性はモニター前の椅子に座る前に左の腰に差していた日本刀を外した。


 鮮やかな朱色の鞘が、モニターの中でこれみよがしの存在感を放っていた。


「警視庁特務課の真行寺鈴音だ。よろしく頼む」


 意志が強そうな少し吊り目の瞳は、肉食獣が獲物を見定めているかのようだ。


「涼原誠です、よろしくお願いします」


 僕がモニター越しに頭を下げると、真行寺さんは意外そうな顔をした後で、ニヤリと口許を緩めてみせた。


「早速だが、君の頭の中を探ろうとしていた探査役が眠り込んだのは、君の仕業だね?」

「そんなにぶっちゃけちゃっても良いんですか? 同意も無しに人の頭の中を覗くなんて違法じゃないんですか?」

「まぁ、違法と言えば違法だが、普通の人間では気付くことは無いし、気付かれたとしても証拠が無いからね」

「そうですか……だいぶ残業続きでお疲れのようでしたので、二、三時間ほど眠っていただいただけですよ」

「ほう、それほどの事が可能なのか」


 真行寺さんは瞳を輝かせながら僕を見詰め、ペロリと唇を舐めた。

 なんとなく、ルカ師匠に似たたちの悪さを感じる。


「まぁ、相手によりけりです。当然、僕よりも魔法の技量が上の相手には通用しませんし、それこそ逆に頭の中を覗かれた後、最悪殺されるかもしれません」

「ほう、君もその場から相手を殺すことが可能なのか?」

「さぁ、やったことが無いので分かりません」

「でも、理論上は可能なのかい?」

「相手によりけりですよ」


 真行寺さんは、僕の受け答えを聞きながら、満足そうに二度ほど頷いてみせた。

 どうやら日本に帰って来て早々に、ヤバい人物に目を付けられてしまったようだ。

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