第3話 現状
「涼原誠君、私の下で働いてみる気は無いかね?」
「働くって……まだ十六歳にもなってませんよ」
「年齢は関係ない。有能な人物は、いくらでも必要な時代だからね」
今から十年ほど前、渋谷のスクランブル交差点で二百二十七名もの人間が忽然と姿を消す事件が起こった。
交差点の地面に幾重もの同心円で形作られた複雑な文様が浮かび上がり、強い光を放った直後、その場にいた通行人と共に消失したのだ。
後に『渋谷インパクト』と呼ばれるようになったこの事件は、多くの目撃者とライブカメラ、防犯カメラの映像などから、世界初の異世界召喚と公式に認められた。
警察、消防、自衛隊まで出動して、徹底した捜索が行われたが、二百二十七名の行方は今も分かっていない。
「君も知っての通り、渋谷インパクト以後、こちらの世界と異世界との境界が曖昧になって様々な影響が引き起こされている。我々特務課は、異世界や魔法に関係する事案を担当している部署だ」
渋谷インパクトの後、最初に起こった異変は渋谷駅周辺で地下鉄の緊急停止が相次いだ事だ。
運転手が人影のようなものを目撃して、慌てて緊急停止を掛けるが人の姿は無く、渋谷怪談などと呼ばれていたが、後にゴブリンの仕業だと判明した。
大規模召喚によって異世界との境界が曖昧になり、ゴブリンなどの魔物がこちらの世界に入り込み始めたらしい。
地下鉄の設備や下水道などには、ネズミやゴキブリなどの餌になる生き物も多く、雨風や寒さもしのげるとあって、魔物は地下を根城にして数を増やしていった。
幸いなことに、銃弾などの物理兵器が通用するので、魔法が使えなくても駆除は可能だったが、従来の法律では街中での発砲は制限されていたために、駆除が追い付かない状況が続いた。
その結果、地下街などで人が襲われるケースが急増し、政府は法律の改正に追われることになる。
だが、魔物の急増に対応して銃規制の緩和が行われると、今度は銃器を使った犯罪が増えるという悪循環に陥った。
銃を使った犯罪の厳罰化、警察官の発砲条件の緩和などの措置を打ち出したが、かつて世界一と言われた東京の治安は見る影もなくなっている。
「魔物の駆除とかも行ってるんですか?」
「そうした事案を担当する事もあるが、メインは魔法絡みの犯罪摘発だ」
異世界との境界が曖昧になると、こちらの世界でも魔法を使える人間が現れ始めた。
たぶん、異世界から魔素が流入してきて、それによって日本人の体質が変わり始めているのだろう。
魔法が使えるようになれば、それを善行に使おうと思う人間もいれば、邪な目的で利用しようと考える人間も出て来る。
魔法は、これまでの物理科学の常識をくつがえす現象を引き起こすので、犯罪に使われた場合は従来の法律では摘発、立証、処罰が難しい。
日本政府は魔法に関する法律の整備にも追われ続けている。
「魔法が使える人間が増えてきたが、それでも人口全体から見れば極僅かな割り合いにすぎない。君が簡単に眠らせた係官も、精神系の魔法の使い手として優秀だとされる人材だ。それを赤子扱いするような人物をスカウトしない訳がないだろう」
真行寺さんは、勝ち誇ったように薄い胸を張ってみせた。
「それで、どうだね? 働いてみる気になったかい?」
「将来的には考えても良いですけど、僕としては学生生活を謳歌したいんですよね」
僕は涼原家の双子の兄として、この世に生を受けた。
二卵性双生児の弟は健康そのものだったのに、僕は生まれつき心臓に障害があり、その影響か様々な病魔に憑かれてきた。
心臓の手術や骨髄移植など、これまでに大きな手術が五回、人生の半分以上は病院のベッドで過ごしてきた。
とりあえずの健康を取り戻し、なんとか普通科の高校へ通えることになったのだが、高校一年生でも小学生に間違えられそうな華奢な体格だし、高校入学後の体育の授業は全て見学だった。
「でも、もう以前の僕とは違うんです。ルカ師匠によって魔改造されたおかげで、今は健康そのものなので、今度こそ学生生活を謳歌してみたいんです」
「ほう、魔改造か……」
「はい、僕の胸やお腹には手術の跡がたくさんあったんですが、今は傷一つ残っていません」
「なるほど、元々病弱だった体が丈夫になり、魔法まで使えるようになったなら魔改造されたと言いたくなるのも分かるよ」
モニターの向こうで真行寺さんは、うんうんと頷いた後で表情を引き締めた。
「でもね、誠君。本来、魔改造とは美少女フィギュアなどの衣服の部分を剥ぎ取ったり、胸の大きさを強調するような改造を施すことを意味して……誠君、どうしたんだね? 顔が真っ赤だよ」
「いえ……その魔改造の意味でも間違っていないかと……」
「間違っていない? まさか、その華奢な体に凶悪な一物が装備されているのかね?」
「ノ、ノーコメントで……」
「誠君……君は、そのルカルディアという人物に魔改造を受けて、大人の階段を猛ダッシュで上ってしまったのかね?」
「ノーコメントです!」
「誠君!」
僕を命の危機から救ってくれたルカ師匠は、ダークエルフにしてダークエロフだった。
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