第13話 依頼

 自宅に戻った翌日、真行寺さんから荷物が届いた。

 黒いコンバットブーツ、ソックス、黒いカーゴパンツが三枚、黒いボクサーブリーフが五枚、カーキー色のTシャツが五枚、黒いブルゾン、黒いボディーバッグとキャップ。


 送られてきた服や靴には、全て物理耐性、魔法耐性の付与魔法が掛けられている。

 添えられていた手紙には、これは警察学校で課外活動の時に使う制服らしい。


 鍛えられた肉体の男性が着用すれば似合うのだろうが、僕が着るとお子ちゃまのミリコスにしか見えない。

 やっぱり、もう少し筋肉は欲しいよなぁ……。


 警察学校には、これ以外に式典などの時に着用する制服があり、そちらは別途送られてくるらしい。

 ついでに、警察学校の入寮案内も添えられていた。


 二学期は九月一日からだが、八月二十八日までには入寮手続きを済ませるように書かれていた。

 それまでに荷造りを済ませないといけないが、度々入院していたおかげで慣れている。


 今から始めても、二時間もあれば終わらせられるはずだ。

 異世界に行って、ルカ師匠に魔改造されたけど、体のサイズは全く変わっていないから服を新調する必要はない。


 自宅に戻って三日後、真行寺さんから仕事の依頼がメールで届いた。

 翌日、都合が良ければ警視庁の特務課まで来て欲しいということなので、参加可能のメールを返信しておいた。


 真行寺さんからは、うちから特務課までの経路を示したメールが戻ってきた。

 渡されたスマホにはIC乗車券のアプリが組み込まれていて、公共交通機関は自由に利用が出来るらしい。


 翌日、警察学校特務課の課外授業で使う制服を身に付けて警視庁へと向かった。

 うちから警視庁までは、地下鉄有楽町線を使って乗り換え無しで行ける。


 約束の時間に間に合わせるには、朝の通勤時間帯に地下鉄に乗る必要があり、人生初のラッシュアワーに心を躍らせていたのだが、学生が夏休みなので思ったほど混雑していなかった。


 それでも、通勤時間の電車に乗るのは初体験なので、一人だけキョロキョロと辺りを見回して落ち着かなかった。

 池袋で多くの乗客が降りたので、そこから桜田門までは座っていけた。


 二番出口から地上に出て、歩いて二十メートルほどの職員用の入口から敷地内へと入る。

 門の前には警備の警察官が立っていたので、キャップを取って挨拶した。


「おはようございます。特務課に呼び出されたんですが……」

「スマートフォンをここに当ててもらえるかな? はい、通っていいですよ」

「ありがとうございます」


 スマホの認証機能に加えて、服装で身元を確認したのだろうが、中学生にしか見えない体格なので警戒もされていないようだ。 

 建物に入ったところでキャップを取り、人と擦れ違う度にペコペコと挨拶しながらスマホの指示通りに廊下を進む。


 地下へと降りるエレベーターもスマホの認証が必要だった。

 エレベーターには階数の表示は無く、課の名前が書かれたボタンを押すようになっていた。


 どの程度の速度でエレベーターが動いているのか分からないが、特務課はかなり深い場所にある気がする。

 エレベーターが止まってドアが開くと、フロアへの入口には結界が張られていた。


 メールの指示通りにスマホをかざすと、ヌルっと弾力のある空気の壁を通り抜けられた。

 スマホを使わなくても、魔力のゴリ押しをすれば通り抜けられそうだが、その場合は結界が壊れてしまうだろう。


 フロアに足を踏み入れると、松永さんの姿が見えた。


「おはっ……ようございます……」


 大きな声で挨拶しかけたが、松永さんが口の前に人差し指を立てたのを見てボリュームを落とした。


「んぁ……そうか、今日は誠君が来る日だったね……」


 ソファーに積まれた黒いボロ布の塊が動いたかと思ったら、皺くちゃなスーツに包まって眠っていた真行寺さんだった。


「すみません、起こしてしまったみたいで……」

「いやいや、構わないよ。松永、コーヒーを頼む」


 ソファから起き上って大あくびをした真行寺さんの目の下には、色濃く隈が張り付いていた。


「お忙しいみたいですね。そんな時期に僕がお邪魔して大丈夫なんですか?」

「邪魔だなんて、とんでもない。誠君には助けてもらうつもりで依頼を出したんだよ」


 真行寺さんに勧められて、テーブルを挟んだ向かいのソファーに腰を下ろすと、松永さんが大振りのカップに注いだコーヒーを持ってきてくれた。

 コーヒーの良い香りが辺りに漂う。


 真行寺さんは、砂糖とミルクをたっぷり注いでからカップを口に運んだ。


「はぁー、生き返るね。良かったら誠君も食べないか?」

「はい、ありがとうございます」


 コーヒーのお茶請けは、ブロックタイプのバランス栄養食だ。

 これまでの真行寺さんは、パリっとしたイメージだったが、段々と素の表情を露わにし始めた感じがする。


「誠君、魔薬って知ってるかい?」

「覚せい剤とかMDMAとかですか?」

「いいや、麻の薬って書く麻薬ではなくて、魔法の魔に薬と書く魔薬のことだよ」

「えっ、そんなものがあるんですか?」

「まぁ、世間一般にはまだ知られていない……というか情報を封鎖しているし、MDMAなどと同様に錠剤として出回っているものだが、成分は魔物を原料としているらしい……」

「その魔薬って、ヤバいものなんですか?」

「ヤバいねぇ……ヤバヤバだよ。中毒性が強く、覚せい剤に比べても段違いの幻覚症状や禁断症状が出るようだ。それだけでなく、服用すると魔力値や筋力値が格段に跳ね上がるらしい。これまでは、他の薬物に隠れていて存在がハッキリしていなかったのだが、既にかなりの死傷者が出ているんだよ」


 ルカ師匠から貰った知識にも、魔物や魔石を利用したポーションの情報があって、効能を得るほどの濃度で魔物由来の成分を摂取するためには、様々な解毒措置が必要らしい。

 特に魔力を高める魔力ポーションを服用する際には、試薬を使って安全性を確かめる必要があるらしい。


「真行寺さん、ルカ師匠からちょっと聞いたことがあるんですが……」


 頭の中の情報の一端を伝えると、真行寺さんはソファーから勢いよく立ち上がった。


「なんだって! 試薬があるのか!」

「いえ、そういう話をちょっと聞いただけで、そもそも向こうの世界のポーションと、こっちの魔薬が同じとは限りませんよ」

「そうか……だが同じ魔物由来の成分ならば、試薬が役に立つ可能性もあるはずだ」


 ゆっくりとソファーに腰を下ろした真行寺さんは、表情を引き締めて僕の目を覗き込んできた。


「誠君、その試薬を取って来てもらうことは可能かね?」

「はぁぁ……可能だと言ったらどうするんですか?」

「手に入れてきてもらいたい」

「でも、異世界とこちらを往復したら、また二週間も検疫を受けなきゃいけないんじゃないですか?」


 そう言うと、真行寺さんはニヤリと笑みを浮かべた。


「誠君、蛇の道は蛇と言ってね……」

「いやいや、それ言葉の使い方を間違えてますから」

「でも意図は伝わっているんだろう? それに、誠君は浄化の魔法も使えるんじゃないのかい?」

「えっ? いやぁ、どうでしょう……」

「ふふっ、君は嘘をつくのが下手だねぇ……それに、君の検疫サンプルだけど、雑菌の量が極端に少なかったそうだよ。そう、まるで一度紫外線ランプに当たってきたかのようだって係官が言っていた」


 確かに、異世界から未知のウイルスとかを持ち込まないように、転移が完了した直後に浄化の魔法で体を消毒したが、まさか化学的な検査で魔法の使用がバレるとは思ってもみなかった。

 という訳で、真行寺さんに説き伏せられて、試薬を取りに異世界へ行く羽目になった。

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