第34話 帰り道
ルカ師匠のツリーハウスの前から皇居上空へと転移し、そこから特務課のフロアへ転移した。
もっと早く帰ってくるつもりだったのに、時計の針はすでに七時近くになっている。
特務課のフロアには、善杖さんや蘭子さんの姿もあり、ミーティング最中のようだ。
「おかえり、誠君。目的の品物は手に入ったかな?」
「はい、真行寺さん。おかげさまで……って、黒帽子!」
ミーティングを行っているデスクに歩み寄ると、壁に掛けられた大きなモニターに黒帽子の姿が写し出されていた。
「どうだい、誠君。科学技術も捨てたもんじゃないだろう」
「これ、どうやって入手したんですか?」
「これは新宿中央公園に設置されている防犯カメラの映像だよ。金子のスマホの位置情報を辿って、黒帽子と会っている時間帯を中心にして、周囲の防犯カメラの映像を集めたんだ」
「なるほど……ということは、黒帽子の行動も追えたんですか?」
「それならば良かったんだが……残念ながら、黒帽子の姿は中央公園の数台のカメラに写っていただけで、その他のカメラには写っていないんだ」
「それって、転移魔法か認識阻害魔法を使ったってことですか?」
「その可能性が高いのだろうね」
真行寺さんは、お手上げだとばかりに両手を広げてみせた。
僕が異世界から戻った直後に警察に補足されたように、現代の防犯カメラネットワークは一般に知られているレベルよりも遥かに進んでいるらしい。
公園や駅、地下道などの公共施設に設置されたカメラはネットワーク化されていて、顔認証技術によって特定の人物を探すことすら出来るようだ。
その防犯カメラネットワークを活用しても、金子と面談した当日、黒帽子の姿は公園のカメラにしか映っていなかったそうだ。
「金子を殺害した手口などからしても、この黒帽子という人物は相当な術者のようだ」
「真行寺さん、その件なんですが、ルカ師匠が言うには、黒帽子は異世界の魔族である可能性が高いそうです」
「なんだって! 黒帽子は異世界から来た人物だと言うのか?」
「金子を殺したやり方は、魔族が良く使う術式に似ているそうです」
「誠君、その魔族について、もう少し詳しく教えてくれないか?」
「僕もそんなに詳しい訳ではありませんが、知ってる範囲でお伝えします」
魔族は人族に近い見た目だが血の色が青く、その為に青い肌を持つ種族で、平均的に強い魔力を有している等の特徴を伝えた。
「だが、誠君。黒帽子の肌は青くないぞ」
「魔族にとっては肌の色を変えたり、姿形を変える程度は造作も無いそうです」
「それでは、東京で取り引きされている魔薬は、異世界から持ち込まれた物なのか?」
「さぁ、そこまでは分かりませんが、向こうの世界ではあんなにカラフルな錠剤は流通していないそうです。ただ、嗜好品としてタバコのような形で吸われているものがあるそうです」
こちらの世界でいうなら大麻のように、乾燥させたものをパイプに詰めて吸うものがあるそうだ。
高い魔力を持つ魔族が吸った場合、それこそタバコのように嗜好品として楽しめるが、人族が吸うと強い酩酊感を伴う危険な薬物になってしまうそうだ。
「なるほど、それでは黒帽子が魔族であった場合、嗜好品を売り捌いているだけで、罪の意識が無い可能性もあるのかな?」
「いやぁ、さすがにそれは無いでしょう。罪の意識が無いならば、こんなに姿を隠す必要もないでしょう」
「それもそうだね」
真行寺さんが言葉を切ったタイミングで、それまで黙って聞いていた善杖さんが口を開いた。
「誠、魔族ってのは強いのか?」
「さぁ、僕は会ったことが無いので分かりませんが、一部の者達は魔力の少ない人族を見下しているそうですから、それなりに強いと思いますよ」
「そうか……少しは楽しめそうだな」
そう言うと、善杖さんは楽しげな笑みを浮かべた。
今夜、黒帽子の逮捕に向かうのかと訊ねたら、ようやく画像が見つかった程度では捕まえようがないと言われた。
これまで話にしか出て来なかった人物の姿が明らかになり、善杖さんは黒帽子との対決を心待ちにしているのだろう。
この後、真行寺さんに促され、魔族については後日詳しく話すことにして、僕は帰宅することにした。
エレベーターで地上に上がり、庁舎を出て、桜田門駅から有楽町線に乗り込む。
善杖さんと蘭虎さんが顔を出しているということは、今夜は何処かに摘発に向かうのだろう。
自分も摘発の現場に出てみたいという気持ちが湧きあがってくる一方、これ以上深入りすると母さんに心配を掛けると考えてしまう。
いずれにしても今日は、出来上がった反射の魔道具を家族に手渡す方が先だ。
地下鉄赤塚駅で降りて、改札に上がる階段に向かうと、先を歩く人の中に見慣れた背中があった。
「父さん、今日は早いね」
「おぅ、誠! 誠も今帰りか?」
「うん、そうだよ」
夜の駅で、こうして父さんと肩を並べて歩くなんて、少し前までは考えられなかった。
「仕事は大変か?」
「んー……今までやった事が無い事ばかりだから、大変て言えば大変なんだろうけど、楽しいよ。いや、楽しいって言っちゃ駄目なのかな……」
「ははっ、仕事の中身は話せないだろうし、深刻な内容のものもあるのだろう。だがな、仕事にやりがいを感じて楽しむのは悪いことじゃないぞ。追い詰められた状況でこそ、楽しむぐらいの余裕が必要だ」
「なるほど……そういうものなのか」
社会人として外の世界で働いて、僕らの生活を支え続けてくれた父さんの言葉には重みを感じた。
駅の階段を昇って地上に出たところで、父さんが話し掛けてきた。
「誠……アイス食うか?」
「帰ってすぐ夕食なのに、母さんに怒られるよ」
「大丈夫、大丈夫、でも内緒だぞ」
「まったくもぅ……しょうがないなぁ……」
父さんはコンビニに入ると、アイスクリームのコーナーに直行して、かき氷を固めた棒アイスを二つ手に取った。
会計を済ませると、僕に一本を差し出した。
「やっぱり、夏はバリバリ君だよな」
そう言いながら、父さんは豪快に齧りついた。
「これって、父さんが子供の頃からあるんでしょ?」
「そうだぞ、当たりが出ると嬉しくってな、友達に自慢したもんだ」
父さんが話してくれた棒アイスにまつわる夏休みのエピソードは、病院のベッドで過ごすか、家にいても昼間の暑い時間には外出を控えていた僕にとっては理想の夏休みだ。
「いいなぁ……凄く楽しそうだ」
「なぁに、今年は誠だって元気に走り回れるんだろう? バイトばっかりしていないで、少しは遊べよ」
「そうだね、でも友達いないし……」
「勇が遊びに行く時に、一緒に行けばいいじゃないか」
「いやぁ……勇が嫌がると思う」
「そうか……」
「大丈夫だよ、父さん。これでも結構遊んでるから、心配しないで」
「そっか、それなら……おぉ、見ろ見ろ、誠、当たったぞ!」
「うっそ、凄いじゃん父さん」
「はっはっはっ、これが日頃の行いってやつだよ」
当たりの棒を手に高笑いしていた父さんは、帰りの遅い僕を心配してマンションの入口まで降りていた母さんに見つかって、お説教を食らっていた。
ちなみに僕は、アイスの棒を異空間収納に放り込んで証拠隠滅して、事なきを……得られるはずもなく、父さんと一緒にお説教を食らった。
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