第15話 エルダール

 ルカ師匠がツリーハウスに改造している木は、この辺りでは一番大きな木だ。

 天辺近くの枝に立てば、周囲をグルっと見渡せる。


「マコト、ここから西にあるエルダールという街に行く。千里眼を使えば、街の象徴である尖塔が見えるはずじゃ」

「どこですか?」

「そっちではない、もうちょい左じゃ」

「あーっ、尖がった青い瓦葺の塔ですか?」

「そうじゃ、そこがエルダールじゃ。今から我が塔の上に転移するから付いてまいれ」

「えっ……ちょ……師匠!」


 千里眼を使って遠方に転移する練習もしたが、これほどの距離はやったことが無い。

 森の方が標高が高く、街の方角は遥か彼方まで見渡せるので、百キロ以上の距離があるはずだ。


 僕を置き去りにしたルカ師匠は、もう尖塔の上に居て、こちらに向かって手招きをしている。

 一発で距離を合わせるのは、今の僕には無理だと思うので、日本に帰った時と同じやり方をした。


 エルダールの尖塔の上空三百メートルを目指して転移、すぐさま尖塔の位置を確認してルカ師匠の隣に降り立った。


「なんじゃ、この程度の距離なら一度で移動できるじゃろう」

「そうですけど……安全第一です」

「ふふっ、マコトは心配症じゃなぁ」

「ふごっ……師匠、こんな所じゃ……」


 ルカ師匠は僕の顔を胸に押し付けて、怪しげな手つきで僕の体をまさぐり始める。

 というか、なんか塔の下が騒がしくなっている気がするんだけど。


 首を捻って足元に視線を向けると、広場にいる人達がこちらを指差しているのが見えた。


「師匠、ちょっと離して……人だかりができちゃってますよ」

「そうじゃな、この尖塔は街の象徴みたいなものじゃからな」


 そう言いながら、ルカ師匠は僕の体をまさぐる手を止めようとしない。

 初めて異世界の人々を接触したと思ったら、こんな晒し者になるなんて思ってもいなかった。


「いやいや、駄目駄目、なんでシャツを捲ろうとしてるんですか!」

「くっくっくっ、やはりマコトは揶揄い甲斐があるのぉ……」

「もぅ、酷いです……」

「うごぉ、その上目使い涙目の破壊力よ……」

「もぉ、遊んでないで冒険者ギルドに連れて行ってくださいよ」

「分かった、分かった、そう焦らなくともギルドは逃げたりせんよ」


 ルカ師匠は僕を抱えたまま、とんっと尖塔の屋根を蹴って空中に身を躍らせた。

 塔の高さはパッとみた感じでも二十メートル以上あって、下から僕らを眺めていた人達からは悲鳴が上がった。


 まぁ、この程度の高さは、僕らにとっては階段二段程度にしか感じられないので、何事もなく着地できちゃうけどね。

 僕らが地上に降り立った途端、集まっていた人々が一斉に後退りして、直径十メートル程の空間ができた。


 更に、ルカ師匠が一歩踏み出すと、モーゼの十戒のように人混みが割れて道が出来た。


「ゆくぞ、マコト」

「は、はい……」


 颯爽と胸を張り、脇目も振らずに歩いて行くルカ師匠の後を付いて歩く。

 ルカ師匠が通りすぎた後に、集まっている人達からヒソヒソと囁く声が聞こえてきた。


「災厄の魔女だ……」

「何をしに来たんだ」

「何事も起こらなければ良いのだが……」

「あの少年は生贄なの?」


 ルカ師匠は大森林の賢者を自称していたから、熱狂的に迎えられるかも……と思っていたが、実際には尊敬されているというよりも恐れられているみたいだ。

 そんなルカ師匠の後をキョロキョロしながら歩いていると、目が合った通行人の女性に手を合わせて祈られてしまった。


 生贄って……ルカ師匠、何者だと思われてるんだろう。

 ルカ師匠は、尖塔前の広場を真っ直ぐに突っ切ると、石造りの大きな建物へと足を踏み入れた。


 建物の中でも、ルカ師匠の姿を見た途端、人々は廊下の端に寄って道を開けた。

 足を踏み入れた時には、大勢のざわめきが聞こえていたのだが、ルカ師匠がホールを突っ切るうちにシーンと静まり返った。


 建物の中は、これぞ冒険者ギルドという雰囲気で、革鎧などの装備を着込み、盾や剣、槍などを携えた屈強な体つきの男性が何人もいるのだ、一人の例外もなく動きを止め、固唾を呑んでルカ師匠を見守っていた。

 そして、ルカ師匠が歩み寄っていくカウンターでは、女性職員が動きを止めて……というよりも、フリーズさせられて顔を引き攣らせていた。


「賢者殿、今日はどのような用件ですか?」


 まるで時が止まったかのようなギルドのホールに、おだやかなバリトンボイスが響いた。

 声の主は、見上げるほどの体格のライオンだった。


 恐らく獅子の獣人なのだろうが、服を着て、二本足で立っているが、顔の形はライオンそのものだ。


「やぁ、ガレッティ。弟子の登録と買い取りを頼む」

「弟子? 賢者殿が弟子を取られたのですか?」

「そうだ、このマコトが我の可愛い弟子じゃ」

「なんと……」


 歩み寄ってきたガレッティさんが、ぐぐっと身を屈めて僕を覗き込んできた。

 ライオンそのものの大きな顔が迫ってきて、ちょっとチビりそうになった。


「マコト・スズハラです、よろしくお願いします」


 僕が名乗って頭を下げると、ガレッティさんはちょっと驚いたようだ。


「おぉ、貴族のご子息でしたか、それはそれは……」

「いいや、マコトは貴族ではないぞ」

「貴族ではない? では、どうして家名を……」

「マコトは、渡り人じゃ」

「なんと! それは本当ですか?」

「詳しい話は後じゃ、まずは登録と買い取りを終わらせからじゃ」


 獅子獣人のガレッティさんは、僕に興味津々の様子だが、ルカ師匠の要望には逆らえないらしく、受付の女性職員に登録手続きを行うように命じた。

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