第10話 家族

 僕の母さん、涼原恵すずはらめぐみは身内の贔屓目を差し引いても美しい人だ。

 艶やかな黒髪で、しゅっと整った面立ち、ほっそりとした体付きは男なら守ってあげたいと思うだろう。


 ただ、僕が心労を掛けてしまったせいで、二ヶ月前よりもやつれているように感じる。


「心配かけて、ごめんなさい」

「いいのよ、無事に戻ってきてくれてありがとう」

「父さんにも、ご心配をおかけしました」

「おかえり、誠」


 僕の父さん、涼原要すずはらかなめはイケメンではないが、いわゆる良い人タイプだ。

 美男子ではないが、いつもほがらかで周囲を明るくさせる。


 都内のIT企業に勤めていて、結構忙しく働いているはずだが、家で不機嫌そうな顔をしているのを見たことが無い。

 体も健康そのもので、僕の病弱さは母さんの父親の家系の影響らしい。


「おかえり、兄さん」

「ただいま、勇。心配かけてごめん」

「兄さんはしぶといから、大丈夫だって信じてたよ」


 僕の弟、涼原勇すずはらいさむは身長が百七十センチを超え、ガッシリとした体付きをしている。

 僕と勇は二卵性双生児で、勇は父の血を色濃く引き継いでいるらしい。


 生まれた時から病弱だった僕とは正反対に、殆ど病気らしい病気をしたことが無く、身体能力も同年代の中ではトップクラスだ。

 陸上の百メートル走では、中学三年の時に区の大会で三位に入っている。


 パッと見た感じでは、ほがらか爽やかなスポーツマンなのだが、実はちょっと曲者でもある。

 家族との感動の再会が一段落したところで、真行寺さんが転校の件を切り出した。


「……という訳で、誠君の魔法の才能を将来的に活かすためにも警察学校への編入をお薦めいたします」

「誠、お前魔法が使えるようになったのか?」


 真行寺さんの話を聞いていた父さんが、目を丸くしながら訊ねてきた。


「まぁ、ちょっとだけね。むこうでお世話になったルカルディアさんが、僕の体を治す時に魔法を使えるようにしてくれたんだ」

「体を治すって、魔法でか?」

「そうだよ、ほら見て、手術の跡も綺麗に無くなってるでしょ?」

「おぉぉぉ……」


 シャツを捲って手術の跡が消えた胸と腹を見せると、母さんは勿論、父さんも目元を覆って肩を震わせた。


「良かった……本当に良かったな、誠」

「うん、ルカ師匠には一生頭が上がらないよ」

「本当だ、父さんは今日から毎朝、毎晩拝むことにする」

「ちょ……ルカ師匠は死んでないからね」

「だが、お礼を言いに行けないからな」

「まぁね……」


 両親を連れて行こうと思えば、できなくはないけれど、それなりの危険が伴うので実行はしたくない。

 もし対面を望むのであれば、ルカ師匠に来てもらう方が楽だろう。


「それで、誠は転校したいと思っているのか?」

「うん、元の学校に戻っても変に騒がれるだけだし、これまでは病気が不安で将来のこととか考えられなかったけど、これからは魔法を活かして将来のことも考えてみたいんだ」

「そうか、誠がそこまで考えているなら父さんは反対しない。母さんはどうだい?」

「私は……ちょっと不安だけれど、誠が自分で選んだのなら応援したいわ」

「学費、寮費、その他学校に関わる費用は全額国が負担いたします。ご心配なく……」


 父さんの収入は、同年代の平均よりは良いらしく、僕の治療に相当な金額が掛かっているはずだが、家計は苦しくはないらしい。

 それでも、急な出費をせずに済むと聞いて、父は胸を撫で下ろしているようだ。


「もう一学期も終わりですので、誠君の編入は二学期からとさせていただきます。それと、できれば夏休みの間に、誠君に我々の仕事を手伝ってもらいたいのですが……」

「手伝うって、魔物の討伐なんて危険すぎます!」

「いえいえ、お母様の心配されるような現場の仕事ではなく、後方支援の手伝いをしてもらいたいのです。まぁ、言ってみるならば、将来の就職に備えての職場見学、インターンシップみたいなものです」

「本当に危険は無いのですね?」

「警察が未成年を危険な現場に放り込んだりしたら、それこそ大騒ぎになってしまいますよ。安全の確保された場所で、我々特務課がどのような役割を担っているのか知ってもらい、誠君の魔法が活かせる場所はどこなのか考えていただきたいのです。もっとぶっちゃけてしまうと、割の良い夏休みのアルバイトぐらいに考えてもらって結構です」

「アルバイトって……お給料が出るのですか?」

「勿論出ますよ。どうですか、誠君が社会経験を積むにも悪い話ではないと思いますが……」


 母さんが父さんの顔色を窺い、父さんが僕の意思を確かめるように視線を向けてきたので、力強く頷いてみせた。


「そうか、分かった。だが、いくら健康になったといっても無理はするんじゃないぞ」

「分かってる。僕が無茶すれば真行寺さんたちの仕事に迷惑を掛けてしまうからね。ちゃんと指示を聞いて、その範囲で動くようにするよ」

「そうか、それならば父さんたちは反対しない。真行寺さん、誠をよろしくお願いします」

「かしこまりました。それでは、誠君と連絡を取れるようにしておきたいので、こちらのスマホを支給させていただきます」

「いや、スマホならうちで……」

「一応、警察との連絡になりますし、メールやメッセージ機能でのやり取りもすることになりますから、セキュリティーの面から専用機を使わせていただきます」

「分かりました、そういうことなら了解です」


 マニュアル等と共に真行寺さんから手渡されたスマホには、魔法耐性と物理耐性の付与魔法が掛けられていた。


「真行寺さん、これ……」

「そういう事だから、安心して使ってくれたまえ」


 僕が付与魔法に気付いたと感じとったのだろう、真行寺さんはニヤっと笑みを浮かべてみせた。

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