第24話 勇
※今回は勇目線の話になります。
兄さんはモテる。
兄さん自身は、自分が病弱だから女の子たちが気を使ってくれていると思っているようだが、確かにそれも無関係ではないが綺麗な顔立ちだからモテるのだ。
母さん譲りの端正な顔立ちは、兄弟の俺でさえも女の子じゃないかと思うほどの美形だ。
病弱ゆえに殆ど運動ができず、透き通るような白い肌をしている。
抗がん剤の影響で抜け落ちてしまったこともあるが、艶やかな黒髪はこれぞ日本人と思わせる美しさだ。
そんな美形の兄さんが、度重なる病魔との戦いにもへこたれず、懸命に生きようとする姿に女子たちが惹かれないはずがないのだ。
それに比べて俺は、父さん譲りの低い鼻に頑丈そうに張り出した顎。
兄さんと並ぶと引き立て役にしかなれないブサメンだ。
俺の人生は、そんな兄さんを支えるために多くの時間を削られてきた。
兄さんは長期の入院を繰り返し、その度に母さんは付き添いのために家から居なくなった。
俺は夜間保育に預けられたり、学童保育で時間を過ごし、会社帰りの父さんに迎えに来てもらう日々を過ごした。
兄さんは家に居る時も体調の良い日の方が少なくて、母さんは兄さんの看病ばかりしていた。
駄々を捏ねて喚かなければ、俺は母さんに振り向いてもらえなかった。
だから、母さんを独り占めする兄さんのことが大嫌いで、一度だけ死んでしまえばいいのにと口にしてしまった。
その時の母さん、父さんの鬼のような表情は、一生忘れることは無いと思う。
それ以来、俺は母さん、父さんに嫌われないように、良い子を演じることにした。
父さんを真似て馬鹿みたいに笑って、ひょうきんなキャラクターを演じ続けた。
兄さんは、起きていられる時間には憑かれたように勉強をしていた。
なにがそんなに面白いのか分からないが、そのおかげで学校を休みがちのくせに成績は良かった。
一方俺はといえば、勉強もスポーツも今一つ夢中になれずにいた。
中学からは部活動があって、サッカー部に所属していたが、兄さんが登校できる時には一緒に登下校しなければならないので、部活は休みがちだった。
当然上手くならないし、レギュラーにもなれないし、夢中になれるはずがない。
もし兄さんと一緒に登下校しなくて良かったなら、部活動にも毎日参加していただろうし、そうしたらレギュラーになれていたかもしれない。
それでも、足だけはそこそこ速かったので、中三の時にはサッカー部を辞めて、陸上部に移籍してみた。
移籍といっても、兄さんとの登下校があるから結局休みがちで、それでもたまたま参加できた大会で良い成績を残せた。
区の大会で三位だったけど、めちゃくちゃ母さんが喜んでくれたのだ。
その日の夕食は、いつもよりも少し豪華で、話題の主役は俺だった。
「勇は足が速いから、高校では陸上部に入ってみたらどうだ?」
なにげなく父さんが口にした言葉が、なぜだか俺の心に強く残っていた。
高校に行ったって、兄さんの世話で部活なんてやってられないと思ったのだが、進路相談の時にそうではないのだと気付いた。
成績だけだと兄さんの方が上で、父さんと母さんは、一緒の学校に行けるように、俺に勉強を頑張れと言ってきた。
そんな理由でモチベーションが上がるはずもないし、そもそも俺は兄さんとは違う高校に行きたいと思った。
小学校、中学校は公立だったから、嫌でも同じ学校に通わなければならなかったし、事情を考慮されてずっと同じクラスにされた。
でも高校は違う、試験を受けて合格しなければ入れない。
俺と兄さんが別々の高校に合格すれば、別々に通うしかないのだ。
結局、兄さんが俺のレベルに合わせた公立高校と私立高校を受けることになったのだが、おれは公立高校の試験でわざと回答欄に不正解を書き続けた。
常日頃、両親の経済的な負担を気に病んでいた兄さんならば、必ず公立高校を選び、兄弟二人が私立高校に通うという選択はしないと思ったのだ。
だから俺は、私立高校の入試に全力を注いだ。
予想は的中して、兄さんは公立高校だけに合格、俺は私立高校だけに合格した。
これで、ようやく兄さんの呪縛から逃れられると思った。
全て上手くいくようになると思ったのだが……現実は俺の思い通りにはならなかった。
高校進学と同時に陸上部に所属してみたのだが、思うようなタイムが出なかった。
区の大会で三位に入った時は、予選上位の二人がフライングで失格。
みんながギクシャクしていた時に、俺のスタートがたまたま決まった結果だった。
それでも練習を続けていればタイムは良くなるだろうと思い込むようにした矢先、兄さんが異世界召喚に巻き込まれた。
やっと……やっと兄さんの呪縛から逃れたと思ったのに、母さんも父さんも兄さんの消息を心配するばかりで、俺のことなど目に入っていないようだった。
陸上も我流で走っていたフォームを手直しされると、余計に上手くいかなくなって、むしろタイムは落ちてしまった。
勉強も、部活動も、日頃の生活も、何一つ上手くいかない鬱々とした日々を過ごしていると、突然兄さんが帰ってきた。
異世界で治療を受けて、すっかり健康になった上に、魔法まで使えるようになったという。
おかげで、俺の学力に合わせて受験した都立の底辺高校から、警察学校の特務課に編入するらしい。
俺が私立の底辺高校で鬱々とした日を過ごしているのに、兄さんだけがエリートコースを進むなんて許せるはずが無かった。
だから、思い知らせてやろうと思ったのに、逆に思い知らされる羽目になった。
結局、俺が兄さんの呪縛から抜け出そうとしなかっただけで、いくらでも他の選択肢はあったのに、選ぼうとしてこなかっただけなのだ。
異世界から戻ってきた兄さんは、別人かと思うほど活動的になった。
これまで病弱な体を理由に制限されていた事を嬉々として楽しみ始めた。
そして昨日は、北浦紗奈さんをゴブリンから救ってみせた。
北浦さんは小学校の時のクラスメイトで、中学では同じクラスにならなかったが、他の中学の男子が見に来るほどの美少女で、俺も密かに憧れていた。
兄さんは気付いていなかったが、北浦さんが兄さんを見る目は恋する乙女の瞳だった。
健康になった美少年の兄さんが、魔法まで使って命の危機から救い出せば、北浦さんが惚れるのも当然なのだろう。
兄さんが警察に事情を説明している間、そして母さんに言われて家まで送って行く間、北浦さんは俺に向かって兄さんの話しかしなかった。
これまでなら、体力と健康さは兄さんには絶対に負けなかった。
だが、異世界から帰ってきた兄さんには体力でも健康さでも勝てそうもない。
学力も、容姿も、その上に魔法まで使えるのでは、俺が勝てる要素なんか何も無い。
「誠君と勇君って、双子なのに全然似てないよね」
北浦さんの無邪気な一言が胸に突き刺さった。
兄さんは女子が相手でもそつなつ会話を紡いでいけるが、俺は変に緊張して上手く喋れなくなってしまう。
双子なのに、同じ両親の子供なのに、兄弟なのに、俺の方が健康だったのに……。
恥を忍んで、藁にもすがる思いで、兄さんに魔法が使えるようにしてほしいと頼んだけど、思ったような返事は得られなかった。
そもそも魔法が使える人だって、人を魔法が使えるように出来る訳じゃない。
兄さんが魔法を使えるようになったのは、異世界の凄い魔法使いのおかげだ。
兄さんは、正面から立ち向かうしかないなんて言うけれど、何と立ち向かえば良い、どうやって立ち向かえば良い……俺はどうすれば良い。
分からない、分からない、何でも分かっているような兄さんには、俺の気持ちなんて分からないんだよ。
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