第23話 兄弟の葛藤

 日課のジョギングに出掛ける前にスマートフォンを起動させると、真行寺さんから特務課に顔を出すのは午後からで良いというメッセージが届いていた。

 了解した旨の返信をしてから部屋を出る。


「おはよう、勇」

「あぁ……」

「寝ててもいいんだぞ」

「うっせぇ……」


 目覚ましを二つも掛けて起きているくせに、まったく素直じゃない。


「おはよう、母さん、行って来るね」

「おはよう、誠、勇、気を付けていってらっしゃい」

「いってきます」


 朝食の支度のために起きてきた母さんと挨拶を交わし、水を一杯飲んでから家を出た。

 昨夜も熱帯夜だったようで、冷房が効いた家から出るとムワっと蒸し暑さを感じる。


 朝からこの気温だとすると、今日も厳しい暑さになりそうだ。

 マンションの前で屈伸運動と足のストレッチをしてから、ゆっくりと光ヶ丘公園を目指して走り出す。


 正直、体調には殆ど影響は無いのだが、精神的なリフレッシュにはなっている気がする。


「まだパトカーが止まってるな」

「あぁ、そうだね……」


 勇に言われて気付いたが、昨日ゴブリンを討伐した公園の側にはパトカーが止まっている。

 おそらく、魔物を討伐した現場は一定時間警備を続けなければいけない……みたいな決まりでもあるのだろう。


「なあ……昨日、ゴブリンを殴ったのって、火事場の馬鹿力的なものなのか?」

「違うよ。北浦さんとの間に割って入るまでは咄嗟の動きだったけど、パンチとキックはちゃんと加減してたぞ」

「はぁぁ? 加減したぁ?」

「だって、本気出したらパーンと弾けて、スプラッターな状況になっちゃうじゃん」

「お前、それマジで言ってるの?」

「マジだよ」

「どんだけだよ……」


 身体強化魔法まで使ってフルパワーで殴ったら、ゴブリンの頭なんて弾け飛んでしまうか、拳が突き抜けてしまうはずだ。

 いくら浄化の魔法を使えば綺麗になるといっても、そんな血みどろ、血塗れな状況は味わいたくない。


 だから、ちゃんと手加減して殴り、蹴飛ばしたのだけど、思ったよりも手加減しすぎたようで、すぐに起き上ろうとしたから魔法で止めを刺したのだ。

 ちゃんと真面目に答えたのに、何が気に入らなかったのか勇は仏頂面で黙り込んだまま走っている。


 公園に入り、桜並木を通ってジョギングコースに入ったところで、覚悟を決めたような表情で勇が口を開いた。


「なぁ、俺も魔法を使えるようにしてくれよ」

「勇、魔法を使いたいの?」

「あぁ、使えるようになりたい」

「なんで?」

「うぇ? なんでって……使ってみたいからだよ」


 魔法が使えるようになれば……子供なら誰でも一度は思うものだろう。

 その上、双子の兄が使えるようになれば、自分もと思うのは当然だろう。


 だが、勇の口振りからは、純粋に魔法を使ってみたいという願望よりも、なにか後ろめたい理由があるように感じてしまう。


「魔法を使えるようになるには、魔力を蓄える魔臓と魔力を循環させる魔脈が必要だってルカ師匠が言ってた」

「じゃあ、日本で魔法が使えるようになった奴には、その魔臓や魔脈が突然変異的に備わったっていうのか?」

「さぁ、それは分からない。向こうの常識がこちらでも正しいとは限らないからね」


 ルカ師匠の魔法に関する知識は膨大だ。

 強制的に頭に書き込まれているが、まだその半分どころか百分の一も活用出来ていない。


 知識だけなら肉体改造をして、魔法を使える体に作り替える方法は分かる。

 方法は分かるが、知っているのと出来るのは別だ。


 肉体改造に関わる技術は、繊細で熟練を要するものばかりだ。

 仮に今、僕が勇に肉体改造を施したなら、勇とは似ても似つかないキメラを生み出してしまうだろう。


 知っていても出来ないなら、最初から知らないと言っておく方が良い。


「とにかく僕は、勇が魔法を使えるようにする知識も技術も持ち合わせていない。僕に頼まれても無理としか言えないよ」

「じゃあ、誠の師匠って人なら俺が魔法を使えるように出来るんだろう?」

「出来ると思うけど、どうやって頼むの?」

「それは……無理か」

「勇が異世界に行く方法を見つけて、ルカ師匠を探し出せたら、もしかしたら魔法を使えるようにしてくれるかもしれないけど……たぶん無理だと思うよ」


 ルカ師匠は恐ろしく天邪鬼で気分屋だから、真正面から頼み込んでも引き受けてくれないだろう。

 引き受けてもらうには、それをやればルカ師匠が楽しめる場合だけだ。


 まぁ、僕の頼みなら聞いてくれるとは思うけど、それも僕に関することだけだろうし、勇の肉体改造を頼んだら、自分でやれと言われると思う。

 つまり、勇には諦めてもらうしかない。


「ちっ……なんで兄さんばっかり」

「勇、その考え方は止めなよ」

「なんでさ」

「僕が今まで一度だって、勇ばっかり健康で……って言ったことがある?」

「でも、兄さんは母さんに付きっ切りで看病してもらってたじゃないか」

「うん、そうだね。でも僕は、母さんに看病してもらうよりも、勇みたいに思いっきり走り回ってみたいと思っていたし、入院なんかしないで学校に通いたいって、ずーっと思ってたよ」


 本当に元気いっぱいの勇や、普通に体育の授業を受けたり遊んだりしているクラスメイトたちが羨ましかった。

 でも、いくら羨んでも自分が健康になったりしないから、他人がどうこうよりも自分で健康になるしかないと気付いたのだ。


「何かを手に入れたいなら、自分で動いて自分で変わるしかないんだよ。そりゃあ僕が健康になったのは、物凄い幸運に恵まれたからだけど、僕をいくら羨んでも勇に幸運が訪れる訳じゃないだろう? 勇が何に悩んでいるのか知らないけど、正面から立ち向かうしかないんじゃない?」

「そんなの……兄さんには分からないんだよ!」


 捨て台詞のような言葉を吐き捨てると、勇はジョギング初日のように急激にペースを上げた。

 付いて行くのは簡単だけど、今は少し距離を置いた方が良い気がする。


 兄弟って難しいけど、僕も正面から立ち向かうしかないんだろうね。

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