第21話 夜歩く
車で送ろうかという真行寺さんの申し出を断って庁舎を出た。
真行寺さん達は、これから何処かに摘発に出掛けるそうだ。
あの面子で出向くなら間違いなく荒事だろうし、どんな事が行われているのか凄い興味があるが、これ以上遅くなると母さんに心配をかけすぎる。
それに、この時間に一人で行動すること自体、僕にとっては初めての経験なのだ。
警視庁の庁舎を出ると、すっかり日が暮れているのにムワっとした熱気が残っていた。
季節に少しズレがあったが、ルカ師匠のツリーハウスがある森では、日が暮れるとぐっと気温が下がる。
舗装されている場所など無い大森林と、アスファルトで固められた東京を比べること自体ナンセンスだし、これはこれで夏の東京という感じがする。
桜田門の駅から有楽町線に乗り込み、地下鉄赤塚駅を目指す。
電車の中には、仕事帰りのサラリーマンやOL、どこかに遊びに行った帰りらしい若い人の姿もあった。
病弱だった僕は、そもそも一人で行動することが少なかった。
小中学校の頃は、地元の学校に勇と一緒に通っていた。
欠席する日も多かったが、病院で他にやる事もないので、勉強だけは人並にできたので落第することなく進級できていた。
ただ、退院して学校に通えるようになると、たくさんの友達と遊び回れる勇が羨ましくて仕方なかった。
勇は送り迎えするのが面倒で仕方なかったみたいだが、僕を家まで連れて帰れば、自由に遊びに出掛けていた。
一方の僕は、休みがちだったから友達もいなかったし、体が弱いから外で遊ぶことも出来ない。
いつ倒れるかも分からないから、一人で外出することすらままならなかった。
地下鉄赤塚の駅に到着したら、わざと遠い出口から地上に出た。
電気の明かりで照らされた街が、いつもとは違う別の街に見える。
ドラックストア、ハンバーガーショップ、コンビニ、ラーメン屋、パン屋……どの店も昼と同じ店なのに、なんだか別の店のように見えた。
コンビニと自転車屋の間の路地に入ると、表通りより少し暗くなる。
それでも、ルカ師匠の家がある大森林の闇とは比べものにならない。
月も無く、空が厚い雲に覆われていると、それこそ伸ばした手の先が見えないほどの濃密な闇になる。
それに比べると、東京は住宅街でも凄く明るい。
何の明かりも持たなくても、足元に不安を感じずに歩いていける。
ただし、星が見えない。
ルカ師匠の家を出て、初めて見た星空の美しさは、とうてい言葉では言い表せない。
本当に手を伸ばせば届くのではないかと思うほど、満天の星と銀河の流れに感動の涙を止められなかった。
「そういえば、むこうの世界は月が二つあったな」
星空にも感動したが、そこに大小二つの月が浮かんでいる光景は、地球ではSF映画のCGじゃなければ見られない。
「都会の夜と、大自然の夜、どちらも自由に体験できるって、めちゃくちゃ贅沢じゃん」
日本と異世界を自由に行き来できるメリットを改めて実感した。
自宅のマンションが見えてきたところで、ピリっと体が反応した。
ルカ師匠の家で訓練を受ける日々の中で、探知魔法を常時発動するようになった。
ぶっちゃけ、東京では必要のないスキルだけれど、大森林で暮らすには必要なのだ。
例え眠っている時でも、敵意を察知して身を守る。
危険な魔物が闊歩する大森林の中心部で生きるには、最低限必要なスキルだと言われた。
その探知魔法をクセで使っていたのだが、魔物の反応が引っ掛かった。
『渋谷インパクト』以後、東京のあちこちで魔物が繁殖を始め、この辺りでも目撃することが増えているそうだ。
「えっ、こんなところに居るの?」
魔物の反応があったのは、広くて樹木も沢山ある光ヶ丘公園ではなく、家の近くの普通の公園だ。
数は二頭、反応の感じからしてゴブリンだと思うが、道路脇にじっと身を潜めているみたいだ。
これは、警察に通報した方が良いと思ってスマートフォンを取り出そうとしたら、ゴブリンの潜んでいる所に自転車が近付いていくのが見えた。
「危ない!」
色々と考えるよりも先に体が動いてしまった。
身体強化の魔法も使って、百メートル以上の距離を瞬きするほどの間に移動する。
襲いかかろうとしていたゴブリンを殴り飛ばし、蹴り飛ばし、自転車ごと倒れそうになっていた女性を抱きとめた。
「大丈夫ですか?」
僕と同年代ぐらいに見える女性は、何が起こったのか理解しきれず、目を真ん丸に見開いてフリーズしていた。
「ギググゥゥゥ……」
打撃を加えたゴブリン達が、ヨロヨロと起き上がってきたので、水の弾丸で頭を打ち抜いて止めを刺した。
ルカ師匠は、無益な殺生はするなと常々言っているが、このゴブリン共は侵略者だ。
放置すれば、他の誰かを襲っていただろう。
どうやってこちらの世界に来たのか分からないし、こいつらも迷い込んでしまっただけなのかもしれないが、僕の周囲の平和を乱すなら討伐するしかない。
「もう大丈夫ですよ。警察への連絡は僕がやっておきますから、このまま帰ってもらって結構です」
「あ、ありがとうございました」
女性が自分の足で立てるのを確認して、添えていた手を離した。
警察に連絡する前に、自宅に電話しておいた方が良さそうだな。
「あの!」
スマートフォンを取り出して自宅に電話を掛けようとしたら、助けた女性に声を掛けられた。
「涼原君だよね?」
「えっ、そうだけど……」
「私、小学生六年生の時に隣の席だった北浦紗奈」
とっさに助けた女の子は、小学校時代のクラスメイトだった。
「あぁ、北浦さん、久しぶり」
「どうしちゃったの? 別人みたい……というか、魔法使ってたよね? どうなってるの?」
驚いて、フリーズして、フリーズが解けたと思ったら、今度は別の意味で驚いて絶賛混乱中という感じだ。
「ごめん、ちょっと先に電話しちゃっていいかな?」
「あっ、ごめんなさい。でも、どうなってるの?」
「後でね……あっ、母さん? 誠だけど、家の近くの公園のところまで戻って来たらゴブリンが出てさ……ううん、全然無事だよ。ただ、警察に連絡しなきゃいけないから、家に戻るまでもうちょっとかかるかも……」
母さんを納得させるのに少々手間取って、それから警察に連絡して、北浦さんに問い詰められていたら、心配した母さんが勇を連れて迎えに来て、勇に嫌な顔されて……うん、東京の夜は騒がしいね。
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