第14話 後

「自殺……?」


 俺が? そんな、なんで。


「違うだろ、だって、俺は事故で……車ごと、トラックにねられたって。病院の先生は、そう言ってて」

「そんなこと、アタシに言われても知らないよ! そんなに気になるなら、その事故とやらでも過去でも何でも、好きに調べてみれば?」


 コハクはそれだけ言い残すと、きびすを返して足早に立ち去った。


『素直じゃないね、彼女も。少々喋りすぎなくらいだよ』

「……お前が言うなって、感じだけどな」


 材料を揃えるためのヒントはもう、十二分じゅうにぶんに与えられた。後は、自分自身の力で精一杯足掻いてみるしかない。


『……その顔。もしかして、何かアテでもあるのかな?』

「ああ——まあ、アテになるかどうかは、話してみないとわからないけど」




「えーっと、それで……話って、何スか」


 昼休み、自販機の前で好物のココアを啜りながら、クラスメイトの田中は首を傾げる。ちなみにココアは、俺の奢りだ。


「ハル君——川谷春彦君のことで、ちょっと聞きたいことがあって」

「ハルっちの?」

「確か同じだよね、出身中学校」


 仮に自殺の話が本当だとすれば、その行動を起こす原因となる何かが中学時代にあったはずだ。記憶喪失となってから、初めて出来た唯一無二の親友であるコイツなら、それを知っているかもしれない。


「中学の時ってさ、その……どんな感じだったのかなーって。私は正直、事故で記憶を無くしてからのハル君しか知らないから」

「どんな感じって、言われても」

「あー……例えばさ、すごくネガティブだったりとか、何か思い悩んでたりとか、そういうのは、なかった?」


 一瞬、田中の動きが止まる。ココアのパックがゆっくりと握りつぶされ、何とも言えない音を立てた。


「……本人には、言わないって、約束できますか」

「もちろん」


 苦い面持ちで、田中はパックをゴミ箱に放る。僅かにはみ出したストローには、噛み潰したような跡がついていた。


「……アイツ、イジメられてたんですよ。正義感だけ無駄に強くて、それで、なんか反感買っちゃったというか」


 田中の顔が、一層曇る。


「最初は全然、大したことなくて……せいぜい無視とか、仕事の押し付けとか。……それが段々エスカレートしていって。暴力とかも、影では振るわれてました」

「……止めなかったのか?」


 こぼれた素朴な疑問に、田中はただただ、自嘲するような微笑みを返す。


「止める? そんな次元にすら、僕は立てていなかった。もし傍観者だったなら、こんな負い目を感じることも、きっとなかった」


 田中の勢いは止まらない。


「僕はね、ハルっちの一番の友達だったんです。イジメられる前から、記憶を無くす前から、ずっと仲が良かったんですよ。でも! 僕は親友失格だ。記憶喪失なのをいいことに、平然と友達ごっこに甘んじて、今も過去から逃げ続けている。僕は……僕、は」


 昼間だと言うのに、太陽の暑さをまるで感じなかった。随分と薄暗く、重い大気が全身にのしかかっている。


「僕は、イジメに加担してハルっちを殴った、最低最悪の裏切りものなんです……!」


 アスファルトに、一滴の花が咲いた。

 ひざまずいた田中の背後には、人一人、簡単に飲み込むほどの巨大な闇が口を開けて、さも愉快そうにその身を震わせていた。

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