新たなる少女

第7話 憶

 ——私は、昔から人と接することが苦手だった。


 欲望と感情に支配された獣のくせに、理性ぶる大人達が嫌い。

 だからと言って、自己中心的で配慮や我慢というものを知らない子供達も嫌い。

 そうやって、言い訳ばかりで捻くれて。

 誰も愛せず、愛されもしない自分が一番、大嫌いだった。


 本当は、他人が羨ましかっただけのくせに。

 誰よりも、人との繋がりを求めていたくせに。

 陰で人を救う自分に酔って、心の中では見返りを期待していたくせに。


 今思えば、人に感じる苛立ちは、全て同族嫌悪と嫉妬の裏返しだった。

 ただの操り人形なのに、心はこんなにも人間らしいエゴにまみれている。


 最低だ、私。

 君の幸せが、私の幸せだったはずなのに。

 そうやって自分に言い聞かせて、これまで頑張ってきたはずなのに。


 何も知らない君と入れ替わった時、これはチャンスだと思ってしまった。


 みにくく傲慢な獣とは、私自身のことだ——。



『ハル君、起きて! ハル君!』

「ん、んぅ……今何時?」


 フライの爆音テレパシーで半ば強制的に目が覚めた。何か夢を見ていたような気もするが、いまいち内容を思い出せない。そもそもの話、魔法少女も夢を見たりするのだろうか。


『夜中の二時。いわゆる丑三つ時ってやつだね』

「げ、さっき寝てからまだ二時間も経ってないじゃん」

『何言ってるのさ。この時間帯が一番、シャドーの出現率が高いんだよ。さあ、起きて』

「えー? さっきも退治したばっかりなのに……まあ、ネズミくらいの雑魚だったけど」

『あれじゃ、魔力一日分にも満たないよ。大体、魔法少女の体は睡眠なんて取らなくても駆動するように出来てるんだ。フウは日没から夜明けまで、常にパトロールを欠かさない稀に見る極めて優秀な個体で……』

「あー、はいはい。やればいいんでしょ、やれば!」

『全くもう……大丈夫かなぁ』


 人を物のように扱う口ぶりにムッとしながらも、俺はベッドから立ち上がり一つ大きく伸びをする。面倒なことに変わりはないが、月明かりの下、深夜の散歩と洒落しゃれ込むのも悪くない。

 入れ替わりから数日。最初の頃と比べると、俺は今置かれている状況にすっかり順応してしまっていた。


 あの日。フウが俺に好意を抱いていたことを知った日。フライに聞き逃した言葉を何度尋ねても、はぐらかすばかりで明確な答えは一つとして返ってこなかった。

 覚えてないくせに——フウの捨て台詞が、ふと脳裏をよぎる。

 そもそも、フウが幼馴染だと知ったのも中学生の時で、今の自分が記憶する限り、話したのは入院中、たったの三回きり。

 何故なら、俺は——中学二年の夏、車ごとトラックに轢かれて記憶喪失となったから。

 幸いだったのは、両親がそこに乗っていなかったこと、そして、たまたまぶつかったのと反対側の後部座席に俺がいたことだろうか。

 ……結局、一向に記憶は戻らず、フウとも今まで疎遠になってしまっていたわけだが。


『うーん、おかしいな。この辺りなんか、普段なら狩り放題ってくらい湧いて出るのに』

「それは流石に誇張しすぎ……っ!?」


 突如、地面から突如伸び上がった腕が、一寸先の闇を掴む。もう少し進んでいれば、危うく握りつぶされるところだった。


『ハル君!』

「わかってる! 変身フライ……ッ」


 物思いにふけっている暇もない。防衛本能で叫んだ、その時だった。

 流星のように燃え盛る赤い剣が、シャドーの手の甲に勢いよく突き刺さる。

 光の繭がなければ、こちらまで焼け焦げてしまうのではないかと思わせるほどの熱風。まともに目を開けていられない。吹き飛ばされないよう耐えるので精一杯だ。


「あちゃー、もしかしてここ君の縄張り? てことは……まさかの横取りしちゃった系!? うーわ、マジごめん! 反省反省っと!」


 風が止み、視界が不意に晴れる。灰が全て空に還った後、そこにたたずんでいたのは……。

 瞳に炎を宿したまま、快活に笑う魔法少女だった。

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