第6話 心

 おごそかなチャイムに混じって、刹那、骨の砕ける音がした。


「あーあ、タイムオーバーね」


 保健室でも行こうかな、などとぼやくフウを尻目に、腰の抜けた俺は、第一関節から先がなくなった人差し指を虚ろな目で眺めていた。


『そうか、理解したよ。魔法少女が壊したものは大抵、魔力を使って修復される』

「う……あ……」

『そして壊れた魔法少女自身の体も、魔力がある限りは修復され続ける。つまり、フウが君と衝突して、二人とも満身創痍な状態で修復機構が発動した結果、魂の混同が起きてしまったんだね』

「ゆび……ゆび、が」

『ハル君? おーい、ハル君? 聞こえていないのかい?』


 呆然とする俺の頬に、大きな手がピッタリと張り付く。


「指くらいで大袈裟ね。この先、腕や足を切り落とされたっておかしくもないのに」

「う……そ……だろ」

「嘘? まさか。実体験よ」


 人差し指は既に原型を取り戻している。全てが嘘だと思えたら、どんなに幸せだっただろうか。


「大丈夫、シャドーさえ倒し続ければ、魔力は無くなったりしない。体の痛みもなければ、食事も、排泄も一切必要ない。こんなに便利な体ってそうそうないと思わない?」


 唇が、いびつに弧を描く。その微笑みとは対照的に、彼女の瞳はどこか悲しげで、諦めの色を含んでいるようにも見えた。


「……元に、戻る方法は?」

「そんなの知らない。私の知ったことじゃない」

「じゃあ質問を変える。元に戻る気は、あるのか」

「……いいじゃない。あなただって、女の子の体を手に入れて内心喜んでいるくせに」

「話を、逸らさないでくれ」


 頬に添えられた手に、力が入るのがわかる。確かに、痛くはなかった。ただ、どうしようもなく心がすり減って、それが辛くて痛いだけだ。


「本当は、限界だったんじゃないか? 魔法少女を続けるのが。今の状況に内心喜んでいるのは、間違いなくお前の方じゃないのか!?」


 手が離れた。言いすぎた、と思った。相手の顔が見れなくて、目を伏せて、それでも伺うように視線を上げて。瞬間、目が離せなくなった。


「なんにも、知らないくせに……覚えていないくせに、わかったような口を聞かないで」


 大粒の涙が、指の隙間から一滴零れて床を濡らした。

 自分が泣いている姿というのは、こんなにも滑稽だったのだ。他人ひとごとのようにそう感じるとともに、初めて彼女の感情に触れた気がして、少し心が揺さぶられてしまった。


「あ、ちょっと、まだ話は終わって……おい、フウ!」


 顔を覆ったまま、フウは廊下へと飛び出していく。誰かに、見られなければいいが。


『あらら、女の子を泣かせるなんて。世が世なら大バッシング物だよ』

「……いいんだよ、今のあいつは男なんだから。大体、何も知らないだの何だのって。教えてくれなきゃ、こっちだって何もわかんないっつーの」

『それは無理な話さ。フウは強がりさんだからね。大好きなハル君に弱みを見せたくなかったんだよ、きっと』


 ああ、まただ。魔法少女となった俺に対する冷え切った目や、その非協力的な姿勢からはとても考えられないようなワード。


「あの、ずっと気になってたんだけどさ……もしかしてフウって、俺のことが好きだった、のか?」


 しばしの沈黙が流れる。こいつ、まさか、無意識に口走っていたのか?


『……バレてしまっては仕方がないね。そうだよ。その通りさ』

「何、開き直ってんだ。簡単にご主人の秘密バラしてんじゃ……」

『だって、フウは君のために……たんだから』

「ねぇ、よ」


 フライの声と自分の声が重なって不協和音が頭に響く。……なんて言った? こいつは、一体今、何を。


(だって、フウは——魔法少女になったんだから)

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