第8話 友

 熱血魔法少女、水無月みなづきコハク。少女は自らをそう名乗った。


「ていうか、他の魔法少女なんて初めて見ちゃったし! ねえ、名前は? よかったらお友達になろうよ」


 勢い余って地面に突き刺さった剣を片手で軽々と引き抜き、コハクは満面の笑みでもう一方の手をこちらに差し出す。


「あー、まあ、それは別に構わないんだけど……って、何?」

「何って、二つ名だけど。どう、カッコいいっしょ」


 こんなにも瞳を輝かせて胸を張る目の前の純粋な少女に、まさか、ダサいだなんて口が裂けても言えない。


『あはは、面白い子だね。お友達記念に、ハル君も何か、二つ名というやつを考えてもらったらどうだい?』


 心の中で軽口を叩くフライにうんざりしながら、愛想笑いで握手に応える。

 小さな手に低い身長。まるで小学生のような体だ。そのくせ肩に担がれた剣は、幼い体躯に似合わず長く、大きく、何より纏う熱気がもの凄い。


「ねえねえねえ、名前は? なんて呼べばいいかな?」

「俺……あ、いや、私、は」


 困った。何と答えるのが正解なのだろう。

 ……正直に自分の名前を伝えてしまうか。しかしその場合、十中八九怪しまれて入れ替わりの経緯を話すことになるんじゃないだろうか。流石に初対面の相手にそれは憚られるし……となれば、ここはひとまずフウの名をかたっておくべきだろうか。

 たった一瞬の沈黙が、鉛のように重くのしかかる。


「……ごめん。やっぱり今はちょっと、話せない、かも」


 失敗した。完全に悪手だ。頭ではわかっていたのに。それでも、ビー玉のようにつぶらな瞳に射抜かれて、どうしても嘘がつけなくなってしまった。


「——そっか!」


 しかし返ってきたのは、予想外にも明るい反応だった。思わず戸惑い手を離す。てっきり、落ち込むか怒るかの二択だと思っていたが。


「そっかそっか! そーだよね! 魔法少女歴が長いと名前なんて忘れちゃうこともあるし……。大丈夫、世界一可愛くてカッコいい名前、アタシがつけてあげる!」


 そう言うなり、うんうんと唸りながら彼女は頭を抱え込む。その姿が妙に愛らしくて、後ろめたい気持ちがあるにも関わらず、ついつい口角が上がってしまった。


「あー、ダメだ。すぐには思いつかないや。明日! 明日までには絶対考えておくから!」


 約束! と半ば強引に指切りを交わし、コハクは燃え盛る自分の愛剣に、当たり前のように腰掛ける。


「じゃあねー! 通りすがりの魔法少女さん!」


 そのまま上昇気流に乗って、彼女は彗星の如く夜の闇へと飛び去ってしまったのだった。


「また明日、ねぇ……」


 その再会が思いもよらぬ形で訪れることを、この時の俺はまだ知らなかった。


 いつも通りの朝、何気ない教室のざわめきに、チョークの黒板を叩く小気味良い音がひとつまみのスパイスとなって降り注ぐ。

 日常が、少しだけ非日常へと変わる前触れ。その瞬間の俺はきっと、教室中の誰よりも間抜けな顔をしていたに違いない。


「えー、突然ですが、転校生を紹介します」


 目の前の黒板にでかでかと描かれた力強い筆致。そこには、季節外れの転校生「水無月琥珀」の名があった。

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