過去を求めて

第13話 告

 頭が重い。何だか、じわじわと脳味噌を締め付けられているような、そんなにぶい不快感。


『おはよう。いや、こんばんはと言うべきかな。よく眠れたかい?』

「……眠れるわけ、ないだろ」


 二人のやりとりをこっそりと覗いてしまったあの時から、今もずっと考え続けている。

 フライは知っていたのだ。恐らく、知っていて何も言わなかったのだろう。

 俺の記憶喪失に、フウが大きく関わっているということを。それが、フウによって意図的に引き起こされたものだということを。


『昨日は悪かったね、中途半端になってしまて。いいところでコハクに気がつかれて、分身体が危うく殺されかけたものだから』

「お前らが死んだら、魔法少女も死ぬんじゃないのか?」

『コハクは、そういうのには無頓着なタチらしい。ついでに感情がたかぶると暴走しやすいおまけ付き。貴重な戦力とはいえ……随分なハズレくじを引かされてしまったものだね、僕も』


 いつもならその横柄な物言いに、小言の一つや二つ言い返してやるところだが、生憎あいにくとそんな気分にはなれない。


「……なあ、フウが俺の記憶を消した理由、知ってるなら教えてくれてもいいんじゃないか」

『その辺はプライバシーに関わる問題だからね。気になるなら直接本人に聞いてみればいいのに』

「バカ、そんなの『盗聴しました』って自白するようなものだろ」


 信じたい。きっと何か、そうせざるを得ない事情があったのだと飲み込んでしまいたい。だけど今のままでは、フウが本当に俺の幼馴染だと断言できない。

 もしも、幼馴染のフリをしているのだとしたら。そのために、俺の記憶をわざわざ消してまで近づいてきたのだとしたら?

 それを考えるのが怖い。知ることで、妄想ではなく現実となってしまうのが怖い。

 一瞬でも、殺意を抱きそうになってしまった自分が、怖い。


『それなら、コハクはどうだい? 彼女なら話の続きを知っている上に、盗み聞きの件もバレている』

「それは……」


 それでも、俺は知らなければならない。ちゃちな不信感を胸に飼い続けたまま、「いつも通り」を演じるような臆病者にはなりたくない。


「結構アリ、かもな」




「……それで、アタシを探しに来たってわけ」


 真夜中に炎の刃をほとばしらせながら、コハクは心底軽蔑した表情でため息をついた。


「頼むよ、知ってるんだろ? 俺だって、フウを嫌いになりたいわけじゃないんだよ」

「嫌い? そんなことを言う資格が、アンタにあると思ってるの……?」


 爪が手のひらに食い込む。ダメだ、苛立ったってますます答えが遠のくだけだ。


「資格があるかないかなんて、わからない。だからこそ、それを知るために、俺はお前に聞いてるんだ」

「……イヤだ」


 道端のシャドーを切り伏せて、コハクはやっと変身を解いた。


「と、言いたいところだけど」


 淡い影が、月明かりを背にして浮かび上がる。振り向いたコハクの瞳には、哀れみの色が混じっていた。


「可哀想だから、ヒントだけなら教えてあげてもいいよ」


 輪郭を持たない黒が足元で揺れて、消えた。月は雲に全て喰われてしまったらしい。


「アンタはさ、二年前に死ぬはずの人間だった。それも、でね」

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