第12話 語

 ——海に行こう、と彼女は言った。


「ねえねえ、周りから見たら、アタシ達、カップルに見えてるかもね」

「……どうかしら。私が、一人で喋ってる危ないやつだと思われてるかも」


 砂浜を一粒一粒踏みしめて、心地よい細波さざなみに耳をそっと傾ける。


「それで、少し話したいことってなぁに?」


 コハクを引き止めたのは、本当になんとなくだった。自分と同じ魔法少女が、単純に珍しかったから。だから、知りたくなってしまったのかもしれない。


「あなたは、もう辞めたいって、思ったことある?」

「何を?」

「……魔法少女で、あり続けること」


 波から放り出された水しぶきが、長ズボンの裾を小さく濡らす。ただのしがない男子高校生となった今、この質問をする資格など私にはきっとないけれど。


「——ないよ!」


 沈みかけの夕日に向かって真っ直ぐに、何の躊躇ためらいもなく、彼女は即答した。


「だってさ、楽しいじゃん! 戦って戦って、死に近づけば近づくほど実感できるんだ。ああ、アタシ、ちゃんと生きてるんだって。それがたまらなく楽しくて、嬉しくて、だからこそやめられない。アタシにとってきっと、魔法少女は天職なんだ」

「戦うことを強制された、ただの道具にすぎないとしても? 不自由だって、思ったことも、ないの」

「いいよ、それでも。利用されてるとしても、別に構わない。アタシは、他の誰でもないアタシ自身を救うために、辞めたくないなって思う。……アタシ、今の方がずっと自由で、自分らしくいられる気がするんだ。それに」


 輝く水平線を背に、コハクはいたずらっぽく微笑んでみせる。


「友達と海に行くなんてさ、数百年生きてきて、初めて。ね? 魔法少女も、悪いことばっかりじゃないでしょ」


 ああ、眩しい。あまりにも眩しくて、私とは違う人間だ。魔法少女でありながら、彼女は人形ではなく、一人の人間として生きている。


「……フ、初対面でいきなり刺してくるような人は、残念ながら最も友達にしたくないタイプだと思うのだけれど」

「あーもう! それは本当に悪かったよ! これでもガッツリ反省してるんだから……意地悪だなぁ、もう」

「ふふ、ごめんなさい」


 こんな他愛もない会話一つで、空っぽになりかけていた心は満たされていく。

 私は、物事を少し難しく考えすぎていたのかもしれない。


「——ねえ、アタシからも一つ、聞いていいかな?」


 彼のためだと言い訳を重ねて、詰まるところ、その存在に依存していただけなのかもしれない。

 諦めたフリをしながら、勝手な期待を押し付けて、悲劇のヒロインを気取っていただけなのかもしれない。


「フウちゃんってさ、本当に、アイツの幼馴染なの?」


 ——私は、いい加減、ハル君にこだわるのをやめるべきなのかもしれない。


「……もし、違うって言ったら、どうするの」

「どうもしないよ。ただ、そうなんだって、思うだけ」

「……優しいのね」


 恐らくコハクは、事故に遭った記憶の断片を見たのだろう。彼自身には知覚できない、深層意識に溶け込んだ映像。

 私が、魔法少女として生まれ変わった瞬間を。


「そう、そう思われても仕方のないことを私はしてしまった。だって——」


 もう、言い訳するのはやめよう。過去はどうしたって変わらないのだから。私の犯した罪が消えることは、どうあがいてもあり得ないのだから。


「ハル君の記憶を消したのは、私なんだもの」

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