第11話 惑

 流れ込む、記憶の欠片かけら。フィルムを早回しでもしているかのように、激しい喜怒哀楽が瞬時に意識の海を駆け巡る。

 これは、コハクの、過去なのだろうか。


(殺したい。殺してやりたい。悔しい。ママがこんなにもすぐそばで苦しんでいるのに、それなのに、何も出来ずに死んでいく自分がなさけない)


 息をする度に肺を焼かれ、全身を走る激痛が意識を辛うじてこの場に繋ぎ止めてしまっている。呼吸も、失神すらも許されず、永遠とも思える一秒の繰り返し。はっきり言って、地獄以外の何者でもない。

 視界を覆う炎は、コハクの激情に応えるようにその身をよじらせ舞い踊っていた。蝶のように、ひらひらと。周囲を嘲笑うかの如く。


(——魔女の子よ。ああ、かわいそうな人の子よ。君にとっておきの器をあげよう。第二の生を差し上げよう。全ては僕らの繁栄と、迷える幼き魂の救済のために)


 遠くでフライの声がする。しかし、その感情のない無機質な声は、俺の知るフライとはどこか似て非なるもののような気がした。

 これはきっと、契約の瞬間だ。


 焼け野原となった村を見下ろして、コハクは楽しそうに笑っていた。村人一人一人を串刺しにして、内臓からじっくりと炙って、最後には風船のように肉片が弾け飛んで。

 真っ赤なフリルがくすむほど、どす黒い血を全身に浴びて、コハクは狂ったように笑い続けていた。

 いつの間にか、跡形も無く吹き飛ばされてしまった母の亡骸を、その幻をいだいて、笑いながら、心の中では泣いていた。

 ——魔法少女になったその瞬間から、涙すらも流せなくなるのなら。

 彼女に許された表現は、ただひたすらに笑うことのみだった。




「……ハル君……起きて、ハル君……」


 柔らかく、優しい声が鼓膜に触れる。


「うーん……あ、あと五分……」

「……心配して損した」


 ゴツンと鈍い衝撃が頭に響いて、反射的に起き上がる。そこには、涼しい顔で正座するフウと、遠くからこちらを心配そうに眺めて縮こまるコハクがいた。


「どれくらい、気を失ってた」

「数分、ってところかしら」

「……大丈夫か?」

「ええ、安心して。あなたの体はほら、この通り無事だから」


 一応、フウの心配をしたつもりだったのだが。どうにも不器用で、つくづく面倒臭い性格だなと思う……お互いに。


「それで……なんでコハクはあんなに離れた所にいるんだ」

「さあ? 意識を取り戻したと思ったら、最低だの変態だのと、あなたを散々なじった後ああなっちゃったんだけど。……あなた、私の体で変なことでもしようとしたの?」


 言えない。初日に裸を見ようとして失敗したなんて口が裂けても言えない。


「……お二人には、アタシのせいで沢山、たくさんご迷惑をおかけしてしまいました。本当にごめんなさい。でも」


 コハクはすくっと立ち上がり、フウの後ろへ隠れるように小走りする。


「でも……騙されました。いい人だと思ったのに。友達だって、思ってたのに……! 行こ、フウちゃん! こんなヘンタイ、絶交する価値もないよ!」


 そのままフウの手を引いて、コハクはフルスピードで廊下を駆け抜けていった。感情の起伏が激しいというか、手のひら返しがすごいというか、何というか。


『追いかけないのかい?』

「ああ、うん……結構ショックなんだな。人に変態呼ばわりされるのって」

『あはは、今も二人は、君の話で随分と盛り上がってるみたいだよ。まさかフウに友達が出来るなんてね。……感謝するよ、ヘンタイ君』


 誰が、と言いかけて、ふと引っかかる。


「フライ、もしかしてお前……盗み聞きが出来るのか」

『なかなか人聞きの悪い言い方だけど、まあ間違ってはいないよ。コハクの制御蝶はどうやら寿命が近いらしくてね。不安定だから今は僕が掛け持ちしてるのさ』

「掛け持ち?」

『そう、今は僕の分身体がコハクの魔力を調整している。つまり、コハク経由で二人の会話を聞くことも可能というわけさ。……聞きたい?』


 俺は——。


『やっぱり。君って人は、つくづく本当に——変態、だね』


§


「ねえ、アタシからも一つ、聞いていいかな?」

「……ええ、私に、答えられることなら、何でも」

「アハッ、ありがとう。実は、魔力の暴走を止めてくれた時にね……チラッと見えちゃったんだ。アイツの記憶」

「……ハル君の?」

「うん。それこそ、入れ替わったこととか、中学までの記憶がないこととか、色々」

「そう。……それで? 何が、聞きたいの」

「もし、違ったらごめん。気分を悪くしちゃったら、それもごめん。答えたくなかったら答えなくてもいいから」

「だから、一体何がっ」


「フウちゃんってさ——、アイツの幼馴染なの?」

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