第2話 夢

「……は?」


 理解が追いつかない。全てが受け入れがたかった。知らない天井、知らないベッド。見慣れないものばかりのゴミ一つないシンプルな部屋。ここは、どこだ?


『おはよう』


 脳内に、得体の知れない声が響く。


『昨日は災難だったね。まさか君ほどの魔法少女が、やっつけ損ねてしまうだなんて』


 頭が、酷く痛む。


「クソッ、なんだよ……なんなんだ一体。何がどうなってるんだ」


 思わず立ちくらんで壁に手をついた。冷たい。ふと視線を上げる。目が、合った。


「ああ、そっか。夢だ。あれは全部夢で、今も目が覚めてないだけか」

『夢じゃないよ』

「だって、そうだよな。無茶苦茶で、非現実的で、整合性もない。夢以外、あり得ない」

『だから、夢じゃな——』

「うるさい! うるさいうるさいうるさい! 頼むから少し黙ってくれ!」


 幻聴だ、これは幻聴。鏡の向こうでこちらを見つめる幼馴染も、この部屋も、全部幻覚なんだ。


『どうしたんだい、フウ。いつにもまして精神状態が不安定だね。ああ、そっか。彼だろう。昨日遭遇した彼。名前はなんといったかなぁ……』

川谷かわや春彦ハルヒコ

『そうそう、ハル君だ。君の好きなオサナナジミ』

「それは、俺だ」

『……んん?』

「俺が、そのハル君だって言ってんだよ。魔法少女だか何だか知らないが、ごちゃごちゃ頭の中で好き勝手喋りやがって。とっとと姿表して全部説明しやがれ、この幻聴野郎!」


 大声を出し慣れていないのか、酷く声が掠れる。急な血圧変動に耐えきれなかったのか、フウの体はフラフラとベッドに逆戻りした。


『なるほど……確かに、フウはここまで粗暴な性格じゃない。つまり君は、フウと体が入れ替わってしまった。そう言いたいんだね』

「知るか。少なくとも俺はフウじゃないし魔法少女でもない」

『いいじゃないか。男子というのは大抵、異性の体に憧れを持つ生き物なのだろう?』


 言われてみればそうだ。俺は一体、何を怒っていたのだろう。難しいことは放っておいて、女子の体と入れ替わることが出来るなんて、それこそ漫画やラノベのような話じゃないか。


『それにね、君がフウでないことは確かだけど、君が魔法少女でないというのはいささか誤解があるようだ』


 幻聴なんてどうでもいい。どうせ夢なのだから。それよりも今は、この状況を楽しむべきだ。最低だと罵られてもいい。どうせ誰にもバレやしない。夢なのだから。


『あー、そうか。君は男の夢という意味で、今まで夢だ夢だと言っていたのかな? だとしたら大きな勘違いをしていたよ。ごめんね』


 細くしなやかな手を、セーラー服にかけてゆっくりとまくり上げる。


『ではお望み通り、早速説明を始めようか』


 一センチ、二センチ。白く柔い肌が少しずつ露わになって……。


「あ……れ……?」


 制服の向こうに広がっていたのは、無だった。正確に言えば、透明な空気。触っても触っても、手は自分の体をいとも簡単にすり抜けていく。


『魔法少女っていうのはね、一度死んだ人間なんだ』

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