目が覚めたら魔法少女とか、どこのラノベだっつーの

御角

   

Day1

第1話 夜

 夜道には魔物が潜む、と誰かが言っていた。


「あ……あぁ……」


 視界を覆うほどの闇。立ち塞がるのは、人ではない何か。そのあまりの大きさに、思わずコンビニのレジ袋が手からすり抜ける。

 終わった。短く、退屈で、でも悪くない人生だった。両手で収まるレベルの友達に、中の上くらいの成績に、そこそこ充実した部活。高校生の青春なんて、そんな物で十分じゅうぶんだったと今になって気がついた。

 黒々とした触手が、ゆっくりと眼前に迫る。鼻先が呑まれる寸前、とどろくような衝撃と共に激しく光が明滅した。


「逃げて」


 思わずその場にへたり込む。地面に転がる影の残骸。土を被ってもなお、光を放つハイヒール。空から突然降ってきた謎のロリータ美少女は、振り向きざま無感情にそう告げる。一瞬、目が合った。


「……っ!」


 その驚きっぷりは、雪のように淡い瞳がこぼれてしまいそうなほどだった。


「……な、何、で」


 俺だって、同じくらい動揺していた。化け物に襲われたから? 目の前の美少女が、あまりに美少女だったから? どちらも正しいが、明確な答えじゃない。


「フウ……? お前、まさか、フウなのか?」


 織山おりやまフウ。一応、同じ高校のクラスメイト。最近はもうほとんど話さなくなってしまったが、俺にとってはたった一人の幼馴染でもある。


「なあ、何とか言ってくれよ。こいつは、この化け物は何なんだよ。お、お前は、一体……」


 フウは何も答えない。黙って俯いたっきりで、視線を合わせようともしない。そもそも話しかけたのも中学生の時以来……正直言って、かなり気まずい。


「……とにかく、今は逃げ、っ」

「あ、危ない!」


 地面から突如伸び上がった怪物の手が、猛スピードで彼女の背後に迫る。ダメだ、間に合わない。


 反射的に伸ばした腕が、バキリと木材のような音を立てた。例えるなら、トラックにでも轢かれたような懐かしい衝撃。脳が揺れて、何も考えられない。宙に浮いていた体がいつ落ちたのかさえ、知覚できない。

 体中が熱くて、見る物全てがぼやけて。それでも辛うじて見えたスカートから覗く白いレース付きの布に、興奮するような余裕など当然持ち合わせてはいなかった。

 朦朧とする意識の中で、伸ばされた華奢な手が視界をよぎる。怪物の姿が街灯の闇に消えた瞬間、彼女の口元が微かに震えていたような気がした。


 今ならわかる。きっと彼女は笑っていた。


 翌朝、目が覚めると、俺は魔法少女フウになっていた。

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