第3話 死

 血の気が引くのが自分でもわかった。何だかとてつもなく気分が悪い。思考が、全く追いついてくれない。


「死、んだ? フウが、もう死んでるって……?」

『正確に言えば死んで、契約を通して生き返ったのさ。若くして亡くなってしまった魂達の第二の人生。それが魔法少女ってわけ』

「その、契約ってのは、昨日みたいに化け物を倒せってことか?」

『そうだよ。僕らが提供したその仮初かりそめの体を維持するためには、どうしてもあの化け物——シャドーから魔力を吸収しないといけないしね』

「維持、出来なかったら……?」

『簡単だよ。少しずつ存在がすり減って……ただ、元の状態に戻るだけ』


 それはつまり、死を意味するのだろうか。第二の死。一体フウはいつから、こんな体になってしまったのだろう。


『ただ、今回は少しイレギュラーな事態だから元通りってわけにはいかないね。もしフウの体が消失した場合、君の魂は帰る場所を見失ってしまう。つまり、死ぬのは君だよ。ハル君』


 セーラー服の下、透明な自分の感触をふと思い出す。多分、俺は今、死にかけている真っ最中だ。


『だからこそ、今の君は魔法少女としての責務をこなす必要がある。僕らにとってはね、その体を動かしてくれさえすれば、正直中身なんて誰でもいいのさ』


 血の気が引いた、ような気がした。気がしただけだ。だって、この人形のような器には血液なんてものは流れちゃいない。汗の一つも分泌されない。腹も減らない。

 俺はもう、人間じゃない。


『それに、前に逃したシャドーをやっつければ、元の体に戻れるかもしれないし……ちょっと、ハル君? どこへ行くんだい?』


 フウに、フウに会って確かめなければ。何を? わからない。わからないことが多すぎて、もう頭がどうにかなりそうだ。とにかく今は、この幻聴野郎の話を信じたくない。

 真っ直ぐ自分の家を目指す。自然と早歩きになって、気がつけば走っていた。


「って!」


 ドン、と何かにぶつかって、思わず尻餅を着いた。痛みはない。反射的に、口をついて出た人間らしさというやつかもしれない。


「す、すみま……っ!」


 壁のように立ち尽くし、こちらを見下ろす男子高生。俺だ。紛れもなく、俺の体だ。


「あ、フ……」

「おーい! ハルっちー!」


 話しかける間もなく、クラスメイトの友達が、俺の姿をしたフウの背を勢いよく叩く。俺の目の前で咳き込む俺。その口角が一瞬、ピクリと楽しげに歪んだのを、俺は見逃さなかった。


「田中、ごめん。ちょっとフ——ハル君と話があるから、先に学校行っておいてもらえないかな」


 立ち上がり、そう告げてみる。一応フウにとってもクラスメイトだし、台詞せりふに違和感はない、はずだ。


「……あの、どちら様っスか」

「は? 何言って」

「田中君」


 田中の背を押して、フウは「行こう」と促す。


「ちょ、待てっ」


 救いを求めて伸ばした手は、呆気なく振り払われる。目が合った。酷く、冷たい視線だった。追いかけたいのに、どうにも足が言うことを聞かない。


『そんなにショックだったのかい? いいじゃないか。忘れられていたのはフウの存在であって、君自身ではないのだから』

「……うるさい」

『しかしフウも酷いやつだなぁ。君に重荷を背負わせておいて、自分はのうのうと人の体で青春を謳歌しようとするなんて』

「……黙れよ、何も知らないくせに」

『何も知らないのは、知らなかったのは、君の方じゃないか』


 ぽつりぽつりと、にわか雨が強かにひたいを打つ。何も、言い返せなかった。


『……少しは、シャドーを倒してくれる気になったかい?』

「随分と意地の悪いことを聞くんだな。選択権なんて、こっちにはないくせに」

『わかってくれて嬉しいよ。そうと決まれば、話は早いね』


 雨は段々と勢いを増していく。空を覆い尽くすように、黒々とした雲が頭上で渦を巻いている。落雷と共に、周囲の影がざわめいた。


『僕らの敵の、お出ましだ』

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