第15話 過

「——っ伏せろ!」


 咄嗟に田中の手を引き、間一髪でシャドーから逃れる。


「き……君、腕が……」


 視線をやると、左肘から先が消えている。引っ込め損ねた拍子に喰われてしまったか。


「これくらいならすぐ治る! そんなことより、とっとと避難しろ!」

「……ダメだ。腰が、抜けて」

「チッ!」


 残った右手で宙を握りつぶし、念じるように魔力を込める。


「これは……きっと天罰だ。僕は、ここで、死んじゃうんだ」

「——っ、そうやって、また諦めるのかよ!」


 一際強い胸の輝きが、周囲の景色をかき消していく。

 白一色の光が晴れるころには、失った指の先まで完全に再生しているのがわかった。

 確かめるように、その震える拳を握る。


「……君はっ」


 二の句を待たずに、面食らっている田中を抱き上げ思いっきり地面を蹴る。


「あの時もそうだった。退院してから初めて教室に入った時も、お前は胸ぐらを掴まれながら、諦めたように笑ってた」

「え……」

「今ならわかるよ。イジメの標的がお前に変わっちまって、でも自分にも覚えがあるから抵抗できなかった。これは当然の報いなんだって、そうやって心を殺していた」

「……でも、助けてくれたんだ。そんな僕を見て、何も知らないハルっちは、イジメっ子から庇ってくれた。僕の知るハルっちと全く同じ調子で、『大丈夫か』って言ってくれた!」


 ここまでくれば、シャドーの魔の手も届かない。田中を校庭に下ろそうとすると、その腕に手が添えられた。


「だから、僕も覚悟を決めた。もう一度、精一杯やり直そう。今度は間違えないようにしよう。誰から非難されようとも——君の、親友で居続けようって」


 両足でしっかりと大地を踏み締めて、田中は強気に口角を上げた。袖で目元を強引に拭ってちゃ、格好がつかないとコイツに教えてやりたい。


「気がつかないと思った? 何年友達やってると思ってるんだよ、ハルっち」

「……俺は、通りすがりの、ただの魔法少女ってやつだよ」

「なら、本人に伝えておいてくれ。ズッ友だって。たとえ君から嫌われたとしても、僕はずっと、君の味方だって」

「——考えておく」


 きびすを返し飛び立った瞬間、田中の唇が動くのが見えた。それは確かに、感謝を告げる言葉の残像だった。


「俺だって、差し出した手をお前が取ってくれなかったらきっと……同じてつを、踏んでいたさ」


 情報を整理するのは後回しにしよう。一刻も早く、敵を討つ。それが今の、俺に課せられた使命なのだから。


『しかし、あんなに大きなシャドーが昼から現れるなんて、珍しいこともあるものだ。それだけ、彼の抱えていた負の感情が美味しそうに見えたんだろうね』

「アイツら、つくづくゲテモノが好きなんだな」

『そうさ。だから僕らも喰われてしまわないよう、生き残ることに必死なんだよ』

「とても、そんな風にはっ、見えないけどなぁ!」


 体育館の屋上を踏み台にして、背面からくるりと曇天どんてんに舞う。重力加速度を伴った飛び蹴りは、目下に迫る魔核を貫き、そのまま地面を鋭く穿うがった。


「うわヤベッ、やりすぎた! 早く変身解かなきゃ……!」


 仰ぎ見た体育館のトタン屋根は、少し顔を覗かせた青空に照らされ、無残な姿をその日の下に晒していた。




『……コハク。満足したかい? 盗聴し返すことができて』

「まだだよ。まだアイツは、糸口を掴んだだけ。自分が何をしでかしたのか分かってもいないじゃん。……ムカつく。ホント、男ってどいつもこいつもサイテーなんだから」

『しかし……君もわかっているんだろう? これ以上はコハクの体に負担がかかってしまうよ。ただでさえ、魔力の漏出が激しい、いつ消えるともわからない器なのに』

「もちろん、わかってる。だからたくさん、シャドーを殺さなくちゃいけないの。アタシの魔核に入ったヒビが、広がってしまわないうちに」


(——アタシが死んでしまう前に、友達には、幸せになってもらわなくちゃいけないの)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る