06 竜帝城散策

 秘書官であるジュリアンさんを紹介された後、私はコレットさんに着いて竜帝城を案内してもらっていた。私の覚悟が決まったことで、他の使用人たちにも私の存在を明かすらしく、あちこちで私は挨拶をした。

 そして、厨房へも行った。昨夜と今朝、料理を提供してくれた料理人は、マルクさんという男性らしい。彼は青い短髪にこげ茶色の瞳をしていた。目付きは鋭く、一瞬こわそうな雰囲気だったのだが、私のことをコレットさんが紹介すると、彼はやわらかく目を細めて微笑んだ。


「マルクと申します。お料理はいかがでしたか。何か不都合はございませんでしたか」

「すっごく美味しかったです! 昨日のお肉、あれは何のお肉だったんですか?」

「あれは牛肉です」

「へえ、こちらにも牛は居るんですね!」

「というと?」

「私、異世界から来たんです!」


 しばしマルクさんと話をした。どうやら、こちらの世界でも、牛、鶏、豚といった肉が主流らしい。竜族は、太古の昔、ヒトの姿を取れなかった頃は肉食だったらしく、その名残で、今は野菜も食べるが、やはり肉がメインなのだという。


「これからもよろしくお願いします、マルクさん」

「ええ。あのう、マルク、で構いませんよ。あなた様は、お妃様なのですから」


 コレットさんも口を出した。


「わたくしのことも、ぜひ呼び捨てで。コハク様には、お妃様として、それ相応の振舞いをしてもらわなければなりません」


 そういうことなら、と私は彼らに向き直った。


「じゃあ、コレット、マルク。よろしくね?」


 次に向かったのは、裁縫室だった。竜帝城で働く全ての竜族の服は、ここで縫われているらしい。扉の奥から、カタカタ、と音がしていた。コレットが扉をノックした。


「ルイ? 入りますよ」


 コレットは扉を開けた。部屋の奥の方を向いて、白髪のおかっぱ頭の少年が、ミシンを踏んでいるのが見えた。私たちが入ってきたのにも関わらず、彼は作業を止めなかった。コレットは彼の肩を叩いた。


「ルイ」

「わあっ! びっくりしたぁ!」


 ルイと呼ばれた少年の瞳は、淡い紫色だった。


「もう、コレットさんかぁ。扉開ける前に声かけてよね」

「かけましたよ。あなたは熱中すると周りが聞こえなくなるんですから……」


 私と彼の視線がぶつかった。


「この方は誰?」

「ヴィクトル様のつがいになられたお方です。コハク様です」

「何いー!?」

「ルイ、自己紹介なさい」

「えーと、ボクは裁縫室長をしております。ルイです」


 コレットは、つがいになった経緯や、私が異世界人であることをルイに話した。


「ってことは、普通のニンゲンだってことだよね? ニンゲンがヴィクトル様のつがいだなんて……」

「こら、ルイ。失礼ですよ」

「だってボク、ヴィクトル様はやんごとなき竜族のご令嬢と一緒になるもんだと思ってたからさぁ。民もきっとそうだよ? 大丈夫なわけ?」


 ここまでで、薄々感じていたことだが、普通の人間と竜族では身分差があるらしい。もちろん、竜族の方が上だ。竜帝とは、竜族はおろか人間の上にも立つ存在なのだろうと思う。そのお妃が、異世界人であり素性もハッキリしないこの私でいいのか、確かに疑問だ。コレットが言った。


「ヴィクトル様が決めたことです。民もきっと支持するでしょう」

「そうかなぁ……」


 私も心配になってきた。


「やっぱり、私なんかじゃ竜帝さんの横には並べないですかねぇ」


 コレットがキッパリと言った。


「いいえ。そんなことはございません。コハク様はもっと自信を持ってください」

「ありがとう、コレット」

「それで、ルイ。コハク様の服を急いで作って欲しいのですが」

「じゃあ、今すぐ採寸しますね!」


 私はルイに身体の寸法を測られた。細っ、ちっちゃ、と言う彼の声を私は聞き逃さなかった。どうか、貧相な体つきが分からないような服にしてほしい。そう思い、彼に告げた。それと、コレットがこう言い添えた。


「その……ルイ。下着から仕立てて下さい。わたくしの物は貸せないので」

「あー、ぶかぶかになっちゃうもんね。任せて!」


 ちょっと傷付いたが本当のことだ。私とコレットは裁縫室を後にした。最後に回ったのは庭園だった。


「うわぁ……!」


 私は声をあげた。庭園には、中央に噴水があり、その周りに、色とりどりの花が咲き乱れていた。満足そうにコレットが言った。


「感動していただけましたか。この庭園は、竜帝城の自慢なんです」


 今すぐ駆け出したい気分になったが、使用人の皆さんがこちらを見ているのに気付いてやめておいた。私はゆったりと、庭園を散策した。


「とっても綺麗! コレット、本当に素晴らしいねここは!」

「そうでしょう、そうでしょう。今は少し暑いですから、涼しくなりましたら、外でお茶会なんかを開かれてもいいかと思いますよ」


 そうしていると昼になったので、私は食堂へ行くことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る