02 竜の世界へ

 目覚めた私は、顔を洗い、化粧水と日焼け止めをつけて、鏡の中を覗き込んだ。琥珀色の瞳は、私の自慢でもある。これだけは、生まれ持った私の美点だと言える。

 スーツに着替え、リビングへ行った。ロールパン二つとヨーグルトを食べて、私は出勤した。

 駅はいつも通り混んでいた。座りたかったので、私は一本電車を見送り、ホームの縁に立った。スマホでSNSをチェックした。爬虫類の投稿アカウントを大量にフォローしているのだ。私もたまに写真を載せる。


(あっ、このフトアゴちゃん、カッコいい……)


 銀色のフトアゴヒゲトカゲの写真を大きくタップした。まだベビーらしい。うちのきなこちゃんはイエロー系なのだが、こういう白系の子もいいな、なんて考えていたときだった。

 ドンッ!


「へっ……?」


 後ろから、誰かに押された。ぐらりと身体が揺れた。そのまま私は、ホームから足を滑らせた。鈍い痛みが全身をかけめぐった。そうして私は、意識を失った。




「ううーん……」


 ゆっくりと私は目を開けた。知らない天井がそこにあった。柔らかいものの上に私は横たわっているらしく、身体の痛みは無かった。


「目を覚まされましたか」


 寝転びながら、声のした方を見ると、ストレートの長い銀髪を垂らした、ブルーの瞳が美しい男性がそこに居た。真っ白なスーツのようなものを着ていた。


「は、はぁ……」


 私は一体どうしたというのだろう。ホームから落ちて、それで……。ダメだ。何も思い出せない。男性は言った。


「良かった。どこか痛むところはありませんか?」

「いえ、無いです」


 男性の目鼻立ちはくっきりしていて、日本人離れしていた。しかし、話す言葉は淀みの無い日本語に聞こえた。歳のころは二十代中盤だろうか。私は上半身を起こし、男性に尋ねた。


「ここはどこですか?」

「僕の部屋です。怪我をしたあなたをここまで運びました」


 きょろきょろと私は周囲を見渡した。キングサイズくらいのベッドに私は寝かされていたらしい。部屋は白い家具で統一されていて、とても広かった。


「僕の名前はヴィクトルです。色々と、お伝えしないといけないことがありましてね……」

「はあ、何でしょう」

「あなたは僕のつがいになりました」

「ふぇっ?」


 理解が追い付かない。いきなり「つがい」と言われても、それが何のことか分からない。ヴィクトルと名乗った男性は続けた。


「僕は竜帝です。怪我をしていたあなたを助けるため、僕の血を分け与えたのですが、それはつがいになる行為でして……あなたには、僕の花嫁になっていただきます」

「は、花嫁!?」


 この人は、何を言っているのだろう。悪い夢か。私は再びベッドに横になった。彼は言った。


「いきなりこんなことを言われても驚かれますよね。でも、もう僕たちはつがいになってしまったんです」


 うん、夢だな!

 私は目を閉じた。もう一度寝れば、この夢も終わるだろう。男性は言った。


「お疲れのようですね。ゆっくりと休んで下さい。それでは……」


 キィ、と扉の音がして、彼は出ていったようだった。私はしばらく目を閉じていたのだが、一向に眠りはやってこなかった。しびれを切らした私は、ベッドからむくりと起きた。

 ベッドの横に、姿見があった。私はそれに全身を映した。いつもと変わらない、スーツ姿の私だ。あちこち身体を見てみたが、怪我の痕などは無かった。


「そうだ、スマホ!」


 私はベッドに戻り、スマホを探した。しかし、スマホどころか、肩から提げていたはずのカバンも無かった。私は部屋中を探したが、クローゼットには男物の服がかけられていただけだったし、私の私物はどこにも見当たらなかった。

 途方に暮れていると、コンコン、とノックの音がした。私はびくりとしたが、小さな声ではい……と応えた。


「失礼いたします。お妃様、いかがお過ごしでしょうか?」


 現れたのは、黒髪をぴっちりとまとめた、赤い瞳の女性だった。彼女は黒いワンピースに白いエプロンをつけており、メイドさんみたいに見えた。


「はあ、まあ」


 どう答えていいか分からない私は、間抜けな返事をした。女性は一礼した後こう言った。


「わたくしはコレットと申します。竜帝城の侍女長を勤めております。お妃様、以後、お見知り置きを」

「ど、どうも」


 やっぱり夢では無いらしい。さっきの男性といい、この女性といい、どうにも容姿が浮世離れしているが、現実の存在らしい。私は彼女に呼びかけた。


「えーっと、コレットさん」

「コレット、と呼び捨てで結構です」

「いえいえ、コレットさん。リュウテイって何ですか?」


 コレットさんは手を口で抑え、目を見開いた。


「ご存知ない……!?」

「済みません」

「では、もしやあなた様は異世界のニンゲンなのですか!?」


 それからコレットさんは、ここは竜が統べる世界であること、リュウテイというのはその頂点に立つ竜帝だということを教えてくれた。

 お父さん、お母さん。私は本当に異世界に来てしまったみたいです。

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