爬虫類好き派遣社員、竜帝様のつがいになる~溺愛は竜の姿でお願いします!~

惣山沙樹

01 立浪こはく

 はあ、まただ。また一日、誰とも業務外の会話をせずに過ごした。

 私はとぼとぼと会社から帰宅した。家には誰もいない。両親も仕事だ。仲の良い同僚でも居れば、退勤後飲みに行くこともあるだろうが、自己紹介に失敗した私には、そんなことができる同僚なんていない。

 自己紹介とは、爬虫類が大好きだということ。あのときは、自信を持ってそう言ったのだが、社内の皆から引かれてしまった。仕事はできる方なので、派遣社員として無事二年目を迎えることができたが、みんな私に対してよそよそしい。


「はぁ……」


 ため息を漏らしながら、私はパンプスを脱いだ。そして、スーツ姿のまま、まずはリビングへ行った。


「きなこちゃん! ステラちゃん! キャロちゃん! ココちゃん! ラテちゃん! ただいまぁー!」


 リビングには、一匹のフトアゴヒゲトカゲと四匹のレオパードゲッコーが居た。フトアゴのきなこちゃんは、昆虫と野菜を食べる。アクリルケージ越しに、今日も完食したことを確かめると、私はそのケージを開けた。


「あふん……可愛いねぇ、可愛いねぇ」


 きなこちゃんは、ハンドリング、つまり手で触られることに慣れている。ガサガサとした皮膚をゆっくりと撫でていると、会社であったことなど一気に吹き飛んでいくかのようだった。


「私には、あなたたちが居るもんねー!」


 爬虫類好きで何が悪い。こんなにも彼らは愛らしく、そしてカッコいいのだ。ひんやりとした皮膚もまた心地良いものだ。私はうっとりと目を閉じた。

 私の名前は立浪たつなみこはく。目の色が琥珀色だったことから名付けられたらしい。髪型は、学生のときからずっとショートボブだ。残念ながら、あまり可愛い容姿とはいえないらしく、色恋沙汰には関わりが無かった。

 まあ、私だって、興味が無いことは無いのだけれど……。

 社内の男性と所用で話さねばならないときも、その人の顔を見られないくらい、私は男性との付き合いができない。それどころか、女性とも友情を育めていないのだ。


「お腹すいたなー」


 私はゴソゴソとキッチンをあさった。両親の帰りはいつも私より遅い。今日も夕飯を作っておこう。

 冷蔵庫の中には、下味をつけて冷凍してあった鶏もも肉と、いくつかの野菜があった。これを解凍して炒めればいいや。私はスーツから部屋着に着替え、料理を始めた。

 出来上がる頃になって、母が帰って来た。


「こはく、ただいま」

「お母さん、お帰り」

「今夜も用意してくれてるの?」

「うん。鶏肉と野菜を適当に炒めておいたよ」


 私は母と食卓を囲んだ。父の帰りはもう少し遅くなるらしかった。


「こはく、あなたいつも会社から真っ直ぐ帰ってくるわよね。たまには寄り道してもいいのよ?」

「寄り道ねぇ……」

「あなたももう二十四歳なのよ? いい人いないの?」

「ないない」


 また始まった。母は一人娘である私に過度な期待をかけているらしい。大学卒業後、就活が上手くいかなくて派遣社員に収まったが、誰かと結婚すればいいじゃないと母は呑気に言ってのけたのだ。私は話題を変えた。


「きなこちゃんの野菜、もう無いよ」

「じゃあ明日はフードで済ませようか」


 元々、爬虫類は両親の趣味だ。私は赤子の頃から、爬虫類たちと共に育った。それがごく自然なものとして身に染み付いていたので、まさか自己紹介で引かれるとは夢にも思わなかったのだ。母は言った。


「もうすぐお盆休みよね。どこか出掛けるの?」

「ううん、特には」

「せっかくの二十代を仕事にだけ使うのは勿体ないわよ。もっと遊べばいいのに……」

「ごちそうさま」


 私は席を立ち、食器をキッチンに持って行った。せっかくのお盆休みだが、誰とも遊ぶ予定なんてない。実に寂しいものだ。

 でも、私には爬虫類が居るもんね! 私はレオパードゲッコーたちのアクリルケージに寄った。

 ステラちゃんは、ハイイエローという種類。カステラから名前を取った。

 キャロちゃんは、オレンジ色のトレンパーサングロー。キャロットのキャロの部分を取って付けた。

 ココちゃんは、白地に黒の柄のスーパーマックスノー。ココナッツから命名した。

 ラテちゃんは、白いブレイジングブリザード。ちょっと黄色味がかかっている。

 私は冷凍コオロギを解凍して、レオパードゲッコーたちに与えた。ぱくりと食い付くときのこの表情がたまらない。そうこうしていると、父も帰って来た。


「こはく、ありがとう」

「いいって。エサやりが一番楽しいんだから」


 ぷりぷりした尻尾をくねらせ、レオパードゲッコーたちはそれぞれの食事を楽しんでいた。爬虫類たちが元気で居てくれることこそが、私にとって何よりの幸福だ。

 願わくば、この趣味を共有できる友達が欲しかったところだけど……。

 それは過ぎた願いだ。私はただひっそりと生きよう。そう決めていた。

 さっきの料理を温め直して父にふるまい、私はお風呂に入ることにした。


「なんで、あんな自己紹介しちゃったんだろう」


 湯船の中で、私はそう呟いた。日中会話をすることがないせいか、一人言が多くなってきたのを自覚していた。私はちゃぽん、と湯をもてあそび、明日の勤務のことを考えてため息をついた。

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