03 初めての夕食
異世界へと来てしまった。めまいがした私は、ベッドに横になった。コレットさんは、優しく私に語りかけてくれた。
「この世界とは違う、異世界から、ニンゲンが迷いこむことが稀にあると聞いております。お妃様はきっと、そこからいらっしゃったのでしょう」
コレットさんは続けた。
「会話が通じるのは、きっとヴィクトル様のつがいになったからですわ。ニンゲンと竜族がつがいになるのは、そうあることではありませんが、つがいになると、ニンゲンも竜族と同じような力を手に入れられると聞いたことがありますの」
私は横たわったまま、コレットさんに聞いた。
「その、つがいというのは?」
「竜族の雄は、夫婦になりたいと思った雌に自分の血を分け与えます。そうしてつがいになった者同士は、一生を共にします」
「じゃあ、私はその、竜帝さんの妻になってしまったってことですか?」
「ええ、その通りです」
何てことだ。異世界に来てしまっただけではなく、竜のお嫁さんになってしまったとは。しかも、その竜はとんでもなく偉い存在らしい。コレットさんが私のことを「お妃様」と呼んだのも、つまりはそういうことだ。
「私はこれから、どうしたらいいんでしょう……」
「ヴィクトル様から、ニンゲンをつがいにしたと伺ったときは驚きました。長らくつがいを作ろうとされなかった方ですからね。このことはまだ、侍女長であるわたくしと、秘書官しか知りませんの。ここはもう、お妃様の城でございます。どうぞごゆっくりなさって下さい」
えっと、もしかして私、ここから出られない感じですかね!?
元の世界に帰りたいんですけど……。
でも、そんなことを言えるような雰囲気では無かった。コレットさんが、うきうきとし始めたからだ。
「さあ! わたくしも忙しくなりますわ。遂にヴィクトル様がつがいをお作りになったのですもの。精一杯お仕えいたしますね!」
「はあ、どうも」
「お身体のお加減はいかがですか? もし差し支えなければ、夕食前に、湯あみとお着替えをさせて頂きたいのですが……」
「えっと、まあ、いいですよ」
それから私は、広い浴室へと連れて行かれた。恥ずかしいからやめて欲しかったのだが、コレットさんは私の身体を洗ってくれた。メイクもされた。服はコレットさんの物を借りることになった。
「お妃様は、わたくしと背格好が似ておりますから、きっと大丈夫でしょう」
それは、水色のふんわりとしたワンピースだったが、胸の辺りがパカパカとしていた。コレットさんは豊かなお胸をお持ちなのだ。私は、スレンダーと言えば聞こえはいいが、残念ながらぺったんこなのである。
「では、ヴィクトル様が食堂でお待ちです。さあ、こちらへ」
私が食堂に入ると、あの男性が席についていた。私の姿を見ると、彼は立ち上がり、微笑んだ。
「美しい……」
えっと、何に対して仰っているんだろう。まあ、私しかいないのは分かっているが。それでも彼の言うことが信じられなかった。
「あなたのような女性をつがいにできて、僕は幸せです。まだ、お名前をお聞きしていませんでしたね」
「こ、こはくです。立浪こはく。立浪が名字で、こはくが名前です」
「コハク……名前まで美しい」
彼は私のところに歩み寄ってきて、ひざまづいた。そして、私の手を取って目を閉じた。
「どうか僕のことはヴィクトルとお呼び下さい。僕の可愛いコハク」
私の心臓は飛び出しそうだった。手を振り払いたいが、失礼だろう。どうにかしてくれ、と私が思っていると、コレットさんがこう言ってくれた。
「お二人とも、お料理が冷めますわ。早く召し上がって下さいな」
食事はフレンチのようなものだった。前菜があり、スープがあり、パンがあり、メインの肉料理があった。私の向かいに竜帝さんが座っており、彼は上機嫌で料理を口に運んでいた。コレットさんが、壁のところに立っており、竜帝さんに言った。
「それで、ヴィクトル様。このコハク様は、どうやら異世界のニンゲンのようなのです」
「えっ、異世界ですか?」
「はい。こちらの世界とはよく似た、けれど竜族の存在しない、あの異世界です」
コレットさんが説明してくれている間、私はおずおずと肉料理にナイフを入れた。これは一体何の肉なんだろう。口に入れてみたが、ソースの味が強くてよく分からなかった。食感は、牛肉のようなのだが。
「コハク。あなたには不思議な魅力があると、一目見たときからそう思いました。それは、異世界のニンゲンだったからなんですね……」
「ええと、そうみたいですね。あははっ」
どうやら竜帝さんには随分と気に入られてしまっているらしい。しかし、彼には悪いが、こんなにも顔立ちが整った男性と話すのは緊張してしまう。私は彼のブルーの瞳を見ないようにして、会話をしていた。
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