04 竜の姿
夕食後、私は竜帝さんの部屋に一人で居た。何でも公務があるらしく、しばらく待っていてほしいとのことだった。私はワンピースからネグリジェに着替えさせられ、ソファに座っていた。
もしかしなくても、今夜はここのベッドで二人で寝る感じですかね!?
どうやら夫婦になってしまったようだし、それも当然だということなのだろうか。いや、いくらなんでもそれはできない。ここのソファで寝かせてもらうことにしようか、と考えていたとき、竜帝さんが扉を開けた。
「コハク。お待たせして申し訳ありません」
竜帝さんはガウン一枚の姿だった。石鹸のいい香りがした。お風呂に入ったのだろう。彼は私の横に腰かけてきた。
「何か飲みますか?」
「えっと、はい。何か冷たいもの、欲しいですね」
「お酒は飲めますか?」
「そこそこは」
「ワインを飲みましょうか」
ローテーブルの上に置いてあった鐘を、竜帝さんはチリンと鳴らした。すぐさまコレットさんがやってきて、彼はワインを持ってくるよう彼女に言った。そうか、この世界にもあるんだ、ワイン……。
コレットさんは言っていた。ここの世界と、私の居た世界とは、よく似ているのだと。だったら、先ほど食べたあのお肉も牛肉だったのだろうか。
ほどなくして、コレットさんがワインの瓶とグラスを持ってきてくれた。コレットさんは、鮮やかな手付きで二杯のワインを入れて、出ていった。竜帝さんは言った。
「初めての夜に、乾杯」
「か、乾杯」
私たちはグラスを打ち鳴らした。味はごく普通の赤ワインだ。もしかしたら、とんでもなくお高いものかもしれないが。お酒の味に疎い私には、それがよく分からなかった。私は尋ねた。
「あのう、どうして私をつがいにしたんですか? というか、どこで私を見つけたんですか?」
「森に狩りに行っていましてね。そこであなたが倒れているのを見つけたんです。瀕死の重症でした。僕の血を分け与えれば、助かるだろうと思ったんです。それに……」
竜帝さんは、一度言葉を切り、ワインを口に含んだ。そして、私の目を真っ直ぐに見て言った。
「一目惚れだったんです。つがいにするにはあなたしかいない、そう強く思いました。こんな感情、初めてだったんです」
私は竜帝さんから目を反らした。すると、彼は弱々しい声で呟いた。
「迷惑、でしたよね。急につがいになったと言われても困りますよね。あなたは異世界の方ですし……」
可哀想だが、ここはハッキリ言っておこう。私は目を伏せたまま話し出した。
「はい……迷惑です。私は元の世界に戻りたいです。父も母も、きっと心配しているでしょうから。それに、仕事もありますし。ペットの世話だってあります」
「そうですか。そうですよね。僕ばかり浮かれてしまっていて申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げられた。彼の美しい銀髪がふわりと揺れた。私も何だか申し訳ない気分になってきた。ここは話題を変えてみようか。私は聞いた。
「それより、竜帝さんは、竜なんですよね? 竜の姿になれるんですか?」
「はい、なれますよ。それが本来の姿ですから」
「ぜひ、見てみたいです」
「ここでは広さが足りませんから……そうですね、あの姿でしたらなれますよ」
竜帝さんは一度ソファから立ち上がった。そして、まばゆい光が彼から発せられた。私は思わず目を瞑った。目を開いたとき、そこに居たのは、ガウンに包まれた小さな銀色の生き物だった。
「か……」
私は息を飲んだ。
「可愛いー!」
しゅっとした顎。頭から生えた二本の角。二枚の翼に、しっかりとした前足。私はその生き物を抱っこした。
「あっはー! 可愛い可愛い可愛い! かたーい! いい感触ぅー!」
すると、頭をもたげ、竜が喋りだした。
「あのう……可愛い、ですか? こわくないんですか?」
「可愛いですよー! もう最高です。あっ、済みません、勝手にハンドリングして」
「はんどりんぐ?」
「いえ、こちらの言葉です。離しますね」
私は竜をソファにちょこんと置いた。これがさっきの美麗な竜帝さんだとはとても思えなかったが、ブルーの瞳の輝きが同じだった。
「その姿だと私、緊張せずに済みます! むしろ興奮します! できればそのままでいて下さい!」
「はあ、そうですか」
竜帝さんは前足を使って器用にグラスを掴み、頭を突っ込んで、ワインをちろちろと飲んだ。その舌がとっても愛らしい。動画とか撮りたい。スマホ、どこいったんだろう? 竜帝さんが言った。
「この姿だと、こわがるニンゲンの方は多いんですけどね。あなたは違うんですね」
「はい。私、爬虫類大好きで! がっしりした爪とか、太い尻尾とか、もうたまりませんね!」
「あのう、そんなに見つめないで下さい。恥ずかしいです」
そうして、私は小さな竜の姿になった竜帝さんを抱っこして、ベッドに入った。硬いうろこの感触を堪能しながら、安らかな眠りについた。
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