05 異世界での朝
髪を撫でられる感覚で目が覚めた。脇を見ると、銀髪をなびかせた裸の竜帝さんが微笑んでいた。人間の姿だ。
「キャー!」
私はごろりとベッドを転がり、竜帝さんから離れた。彼は困ったような声を出した。
「昨夜はあんなに抱き締めて下さっていたというのに……」
「それは竜の姿だからですー! どうか戻って下さい!」
しゅん、と眉根を下げ、竜帝さんは小さな竜の姿になってくれた。よしよし、これなら話ができる。
「おはようございます、竜帝さん」
「はい、コハク。おはようございます」
ベッドの上で、私は竜帝さんの前足を触りながら、今後の予定について聞いた。
「私はこれから、どうなるんですか?」
「正式な婚儀を挙げて頂きます。作法などは、コレットが教えて下さるでしょう。でも、あなたは元の世界に帰りたいんですよね?」
私はふるふると首を横に振った。
「いえ、帰らないです。こんなにも可愛い竜帝さんと一緒に居られるんでしたら、元の世界に未練は無いです」
お父さん、お母さん、きなこちゃん、ステラちゃん、キャロちゃん、ココちゃん、ラテちゃん、ごめんなさい。私は運命の相手と出会ってしまいました。
竜帝さんは、バサリと翼を動かし、こう聞いてきた。
「本当に……良いんですか?」
「はい。私はもう、竜帝さんのつがいなんでしょう? ずっと一緒に居ます」
私は竜帝さんの前足をきゅっと握った。彼は私の目をじっと見つめてきた。
「ありがとうございます。今すぐあなたを抱き締めたい。ヒトの姿になってもいいですか?」
「そ、それは困ります!」
ぱたり、と翼を下ろし、竜帝さんはゆらゆらと尻尾を揺らしながら言った。
「分かりました。今すぐにとは言いません。ヒトの姿でも、私はあなたと触れ合いたい。そのために、信頼を積み重ねていきたい。まずは朝食を取りましょう。あなたのことを教えて下さい」
すいっと滑空してベッドを降りた竜帝さんは、人間の姿になり、ソファの近くに落ちていたガウンを羽織った。そして、ローテーブルの上にあった鐘を鳴らした。
「おはようございます」
コレットさんがやってきた。
「おはようございます、コレット。コハクに着替えを。僕は自分でやります」
「かしこまりました。では、コハク様。ひとまずわたくしの部屋へ」
今日もコレットさんの服を借りることになった。今度は薄緑色のワンピースだ。コレットさんによると、近々私のために服を作ってくれるのだといい、それまでは我慢してほしいとのことだった。
先に食堂に来ていた竜帝さんは、昨日と似たような、白っぽいスーツのようなものに身を包んでいた。
「コハク。あなたは元の世界ではどのように過ごされていたんですか?」
「えーと、派遣社員ってわかりますかね?」
「ハケン……?」
「あと、パソコンとかこの世界にありますか?」
「ぱそこん? 無いですね」
「うーん、そうですか」
竜の姿のあまりの可愛さに、こちらの世界で生きることを決めてしまった私だったが、元の世界との差を埋めるのは苦労しそうだ。ここは竜が統べる世界だとコレットさんは言っていた。宗教や文化も当然違うのだろう。それについて私は聞いた。
「はい。この世界には、竜神信仰があります。この世界に初めて降り立った竜が竜神様です。婚儀も、竜神様に認めて頂くための儀式なのです」
「ふーむ、要は神前式ですか」
「コハクの世界ではそう言うのですね。婚儀では、僕は本来の姿で神殿に赴き、竜神様に誓いを立てなければなりません」
「本来の姿?」
「ええ。僕の本来の姿は、もっと大きいんですよ?」
うわっ、それは早く見てみたい。きっとカッコいいんだろうなぁ。想像するだけで、顔がにやけてくる。そんな私の表情を見て、竜帝さんは顔をほころばせた。
「ニンゲンにはおそろしい、と言われてしまう姿なんですけどね。コハクなら、喜んでいただけるんですね。嬉しいです」
「はい、とっても楽しみです」
朝食を終え、私は秘書官という男性と対面することになった。場所は執務室だ。竜帝さんは、いつもここで公務をしているらしい。
「お初にお目にかかります。秘書官のジュリアンと申します」
ジュリアンさんは、癖のあるショートの赤い髪をしていて、瞳の色は緑色だった。背は高く、黒いスーツのような服装がよく似合っていた。
「私は立浪こはくといいます」
「コハク様。この度、ヴィクトル様のつがいとなられたこと。お喜び申し上げます」
それから、秘書官とは竜帝さんの公務のお手伝いをする役職であることを説明された。それと、こんなことも。
「実は、わたしはコレットのつがいなんです」
その場に居たコレットさんが、恥ずかしそうに目を伏せた。ジュリアンさんが続けた。
「まだつがいになって一年も経っていなくてですね。夫婦としてはまだまだ未熟ですが、コレット共々、よろしくお願いいたします」
「はい、よろしくお願いします。そういえば、コレットさんとジュリアンさんも竜族なんですか?」
それにはコレットさんが答えてくれた。
「ええ。竜帝城にいる使用人は皆、竜族でございます」
ということは、彼らもあの可愛い竜の姿になれるということ。見てみたいと思ったが、この場でそれを口にするのはやめておいた。
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