07 講義

 昼食は、簡単なサンドイッチだった。何でも、竜帝さんが忙しく、すぐに食べられるものにしてほしいとマルクに頼んでいるからだとか。しかし、竜帝さんは食後のコーヒーをゆったりと飲んでいた。


「コハクと過ごせる機会ですからね。大切にしておきたいんです」


 コンコン、とノックの音がして、ジュリアンが入ってきた。


「あのー、ヴィクトル様。今日は遅いんすね?」

「ああ、ジュリアン。済みませんね。コハクとの時間を楽しみたいものですから」

「お気持ちはわかります。つがいを見つけた竜というものは、途端に独占欲が強くなりますからね」


 ちらり、とコレットの方を見たジュリアン。コレットは、しっしっと手でその視線を払っていた。私は聞いた。


「午後から私は何をすれば?」


 コレットがそれに答えた。


「婚儀に備えて、この世界のことをお勉強して頂きます。世界の成り立ち、竜とニンゲンとの関係、その歴史……。コハク様は異世界の方ですから、わたくしがイチから詳しくお教えいたしますね」


 コレットに案内されたのは、図書室だった。そこで私は、まず竜神様についての講義を受けた。

 竜神様は、竜帝さんも言っていた通り、この世界に初めて降り立った竜らしい。その当時、生き物はおらず、荒れ果てた大地が広がっていたのだとか。それを竜神様が緑豊かな土地に変え、人間をはじめとした色々な種族が誕生したのだという。


「コレット、竜神様は人間の姿になれたの?」

「ええ、そうです。ニンゲンに合わせ、意思の疎通が取れやすいようにと、ヒトの姿を取りました。そして、ニンゲンたちを守り、慈しんだのです」


 それから、厄災が起こり、再び大地は荒れてしまった。それを止めるために、竜神様はその身を犠牲にしたという。実体を失くした竜神様は、天へと登り、死後の世界である楽園にいらっしゃるのだという。


「じゃあ、この世界では、死んだら楽園に行くってこと?」

「ええ、そうです。竜神様を信仰する全ての民が、楽園へと召されます。信仰心を捨てない限り、全ての罪は許され、楽園での平穏な日々を約束されます」


 なるほど、そういう世界なんだ。私もお妃様になってしまったことだし、竜神様を信仰しないと。そして次に、私は竜帝さんの存在が気になってきた。


「竜帝さんにはどういう竜が選ばれるの?」

「竜神様と同じ、銀色の竜がその資格を持ちます。わたくしたち竜族は、一部例外はありますが、両親どちらかの身体の色を受け継ぎます。ヴィクトル様は、代々竜帝の家系のお方です。先代の竜帝様は、ヴィクトル様のお父様でした」


 世襲というわけね。私は竜帝さんのご両親のことについても聞いた。


「お二人とも、既に亡くなっておられます。二百年前、ヴィクトル様が竜帝の座にお着きになられました」

「に、二百年前!?」

「竜族は、ニンゲンと比べると長命です。わたくしから言わせると、ニンゲンの寿命が短すぎるのですけれど……」


 不安が起こった。だったら、ニンゲンの私は竜帝さんよりも遥かに早く死ぬのではないか。そういう考えをコレットは読んだのだろう。こう言ってくれた。


「ご安心下さい。つがいになったニンゲンは、長寿になります。コハク様も、大丈夫ですよ」

「そっか、良かったぁ」


 一旦講義は中断となり、お茶とお菓子が運ばれてきた。これもマルクが作ったものらしい。ジャムの乗ったクッキーだ。


「わあっ、美味しい! マルクって、本当に何でも作れるんだね」

「彼はまだ若いですが、優秀な料理人でしてね。下町で食堂に勤めていたのをわたくしが引き抜きました」

「へえ、そうだったの」


 私もお菓子を作るのが好きだ。クッキーがあるということは、小麦粉や砂糖もあるということ。元の世界と、食生活はそんなに変わらないらしい。いつかマルクの所へ行って、作らせてもらおう。

 講義は再開し、現在の竜とニンゲンとの関わりについての話になった。


「各国に、ニンゲンの王が居ます。ニンゲン同士のいざこざは、基本的には彼らで解決してもらいますが、戦争が勃発したときは、竜帝様が介入します。それでも、戦争を止めず、争い続けていますけどね……。愚かなことです」


 この世界のニンゲンは、どのようにして暮らしているのだろう。そちらの方にも興味が湧いた。無理かもしれないが、彼らと会える機会も欲しいな、と私は思った。

 このくらいで講義は終わり、私は風呂に入れられた。やっぱりコレットに洗われた。これも慣れるしかあるまい。黒いワンピースに着替え、食堂に行った。


「コハク! お待たせしました」


 竜帝さんは、少し遅れて現れた。急いで来てくれたようで、額に汗がにじんでいた。


「つがいと一緒の食事が、これほどまでに楽しいものだとは……。コハク、あなたと出会えて本当に良かったです」

「そうですか、あはは」


 ダメだ。人間の姿の竜帝さんとは、上手く視線を合わせることができない。だって、眩しすぎるんだもの。早く竜の姿になった彼と会いたいなぁと思いつつ、今夜の夕食を終えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る