08 二回目の夜

 夕食が終わり、昨日と同じように私は竜帝さんの部屋で一人待っていた。図書室から借りた、竜神様の本を読んでいた。こちらの字も、私にはすらすらと読むことができた。本に没頭していると、来客があった。ルイだった。


「下着をお持ちしましたよー」

「わっ、早いね?」

「ボクの腕を見くびってもらっちゃあ困ります。このくらい、半日でできますよ」


 ルイに渡された下着は……。スケスケのレースで、とってもやらしいものだった。私は絶句した。


「だって、ヴィクトル様のつがいになったんでしょう? このくらい、セクシーでなくっちゃ!」


 無邪気に笑うルイ。こ、これを着けろと言うのか……。でもまあ、竜帝さんの前で服を脱ぐわけでもないし、と私はそれに着替えた。


「コハク。終わりましたよ。さあ、今夜もワインにしますか?」

「はい、そうですね」


 私が言わなくても、竜帝さんは竜の姿になってくれた。顔の周りのヒラヒラが何ともカッコいい。それをナデナデすると、彼は少し呻いた。


「ごめんなさい、ダメでした?」

「その辺はちょっと、くすぐったくて……」


 飼っていた爬虫類たちと違い、正直な感想を言ってくれるのでやりやすい。今度は背中を撫でてみた。


「この辺はどうですか?」

「凄く、気持ちいいです」


 私は気になっていたことを竜帝さんに聞いてみた。


「ニンゲンの私が、竜帝さんのつがいになったことは、果たして良かったんでしょうか?」

「前例が無いわけではありませんからね。ニンゲンの妃なら過去にも居ましたよ。多少の反対があるでしょうが、この僕がねじ伏せます」


 力強い言葉。彼が権力を持っているのだと私は再確認した。さて、ここからは、もっともっとスキンシップモードだ。私は竜帝さんを抱っこしてベッドに入った。


「んはー! たまんない! マジ幸せ!」

「あの、コハク? そんなに竜の姿の僕が好きですか?」

「はい、大好きです!」


 竜帝さんは、カリカリと前足で私の胸をかいた。


「僕も、あなたに抱き締められると嬉しいんですが……その、できればヒトの姿が良くてですね」

「ええ……済みません。あれだと、どうしても緊張してしまうんです」


 そうして私は、過去のことを話し出した。男性とのお付き合いはしたことが無いということ。例え仕事の話であっても、男性と話すときはまともに顔が見られないということ。


「特に、竜帝さんはお綺麗ですから。そんな方と一緒に居ると、身がすくんじゃうんです」

「ならば、ゆっくりと慣れて下さい。これから時間ならたっぷりとあります。焦らず、時を共に過ごしていきましょうね」


 今度は竜帝さんのお話になった。


「つがいになりたいと思える方と、僕は出逢えずにいました。竜帝である立場上、つがいを作らざるを得なかったのですがね。どんなご令嬢を紹介されても、心が動くことはありませんでした」

「そうだったんですね」

「今、僕が死ねば、次の竜帝は僕の弟になります。ですが、あなたとつがいになれたことで、僕たちの子供が次の継承権を得るでしょう」

「こ、子供!?」


 そっか。当たり前だよね。夫婦になったんだもの、しかも竜帝さんだもの。子供を作り、次代に繋ぐのは、彼の責務と言える。でも、子供を作るということは、つまり……。

 竜帝さんは、前足を私の手に乗せて言った。


「急がなくても構いません。僕はあなたとの日々を堪能したいんです。コハクの決意が固まるまで、子供のことは先送りにしましょう」


 それでもやっぱり、作らなきゃまずいですよね、子供。ああー! まだまだそんな決心なんてつかないよ! まずはヒトの姿の竜帝さんに慣れないと。


「あのう、ちょっと人間の姿になってもらってもいいですか?」

「はい、わかりました」


 前足を私の手に乗せたまま、竜帝さんは人間の姿になった。細く長い指が、私の手を掴んでいた。きゅっと握られると、私の心臓はドクンとはねあがった。

 すぐ目の前に、竜帝さんの顔があった。すっと通った鼻筋に、薄桃色の唇。一枚の絵画のようだった。やっぱりまともに見れずに、私は目を反らした。竜帝さん、裸だしね。


「今すぐキスしたい。ダメですか?」

「だ、ダメです!」


 私は手をほどいた。竜帝さんは、竜の姿に戻ってくれた。んはー! やっぱりこっちの方がいい! 牙が見え隠れする大きなお口がカッコいい! 私は思わず叫んだ。


「こっちの姿でしたら、キスできます!」

「えっ、本当ですか?」


 竜帝さんを抱き寄せ、私たちは見つめあった。そして私は、竜帝さんの唇にキスをした。冷たく硬い感触だった。


「コハク……」


 深いブルーの瞳を震わせ、竜帝さんは一筋の涙を流した。


「りゅ、竜帝さん!?」

「済みません、嬉しくて嬉しくて」


 とんとんと竜帝さんの背中を叩くと、次第に泣き止んでくれた。


「今までの僕の日々は、コハクと出逢うための日々だったんですね。それが今、ハッキリしました」

「そんな大げさな……」

「いいえ、大げさではありません。僕はあなたと出逢うために生まれてきたんです」


 この日も私は竜帝さんを抱き締めて眠った。

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