09 竜帝の弟
翌朝。朝食を終え、コレットの講義を受けるはずだったのだが、急な来客があったということで、私は執務室に呼ばれた。
そこに居たのは、竜帝さんとよく似た青年だった。銀色の髪にブルーの瞳。違うのは、髪がショートヘアーなこと、竜帝さんより目付きが厳しいということ。彼は私の姿を見るなり言った。
「貴様が兄様のつがいか」
キッと睨まれ、私は動けなくなってしまった。執務室に居たジュリアンが、紹介をしてくれた。
「この方は、ヴィクトル様の弟君のリオネル様です。普段は別邸にお住まいです」
リオネルさんは、上から下まで私を見ると、ぷいと横を向いてしまった。
「こんな奴、オレは認めないからな。兄様のつがいとして、ふさわしくない」
それを聞いて、竜帝さんが言った。
「リオネル。急な話で申し訳なかったと思います。でも、コハクはもう僕のつがいです。一度つがいになれば離れることはないと、あなたも知っているでしょう?」
執務室の机をバン、と叩き、リオネルさんは叫んだ。
「しかも、異世界人だっていうじゃないか! 兄様はバカなのか!? 兄様がやっとつがいを作ってくれたと安心したけど、よりにもよってこんなニンゲンだなんて!」
うん。リオネルさんの言うことにも一理ある。こんな素性の知れない存在を、お妃様にしようだなんて、やっぱりおかしいよね。竜帝さんはリオネルさんをたしなめた。
「リオネル、落ち着きなさい。カッとなりやすいのがあなたの良くないところです」
「落ち着いていられるか!」
そして、リオネルさんはカツカツと私に歩み寄ってきた。
「おい、コハクとやら。お前は何が得意なんだ? 異世界ではどんな地位に着いていたんだ?」
私は正直に言った。
「派遣社員でした。総務事務もしていましたから、年末調整とかは得意ですねぇ……」
言ってしまってから、私はハッと口を塞いだ。こんなこと言っても、何のアピールにもならないというのに。
「その、ネンマツチョウセイとやらは何だ」
「社員さんの税金を、年末に調整して、精算すること、ですかね」
「税金? お前、税金に詳しいのか?」
「はあ、少しは」
ジュリアンが言った。
「リオネル様は、税務庁長官をされておられるのです。竜族の税金については、このリオネル様が全てを取り仕切っておいでです」
わお。さすが竜帝さんの弟さん。偉い立場なんだな。リオネルさんは、私の瞳をしげしげと見ながら言った。
「……異世界の税制度については、正直興味がある。お前の世界では、税金はどうなっているんだ?」
「ええと、私が居た国は日本といいまして。日本では、稼ぎに応じた所得税というものがあるんですけれど……」
話が長くなりそうだったので、私とリオネルさんはテーブルを挟んでソファに座った。いつの間にか私は、源泉所得税制度についての説明をリオネルさんにしていた。
あの会社に配属された頃は、税金のことなんて全く分からなくて、苦労したものだ。しょうがないから、帰ってからも動画を見たり本を読んだりして自分で勉強していたのである。リオネルさんは感心したように言った。
「ふむ。給料から引いておいて、雇用主が納めるのか。それなら取り漏らしがないな」
「日本の税制の優れたところだと思いますよ」
まさか、こんなときに役に立つなんて。社会人になっても、勉強はしておくものだな。リオネルさんの表情も、次第にゆるくなっていった。
「面白かった。兄様、こいつはそれなりに賢いようだね」
「そうみたいですね。僕も驚きました。コハクがそんな知識を持っていただなんて」
コレットさんが、そこに居た全員に紅茶をふるまってくれた。リオネルさんは、満足そうにそれを飲むと、私に向かって笑いかけてくれた。
「まだ許したわけじゃないけどな。でも、バカじゃないとはわかった。コハク。もっと異世界の話をしてみろ。お前には興味が無いが、異世界には興味があるんだ」
「ええと、じゃあ何の話をしましょうかねぇ……」
私も税務署で働いていたというわけではないから、税金の専門的な知識までは無い。ちょっと分野を変えてみようか。
「日本では、国民全員が強制的に保険に入るんですよ。子供だったり老人だったり障害者だったりすると、自己負担の率が下がって、医療を受けやすくなります」
「ほう……?」
「国民皆保険制度ですね。これも日本が誇れる点です」
社員さんの保険証の発行手続きなんかもしていたから、こちらの知識もあった。リオネルさんはとうとうメモを取りながら、私の話を聞き出した。どうやら本当に興味深いらしい。あれこれ質問されて、詰まるところもあったものの、私は保険について一通りの知識を披露した。リオネルさんは暗い顔をして言った。
「医療を受けられず、苦しんでいる竜族も多いんだ。お前のところではそんなことは無いんだな」
「まあ、大体そうです」
「異世界のニンゲンの制度の方が優れているだなんて……悔しいが、感服せざるを得ないな」
お昼になった。どうぞご一緒に、とコレットは言ってくれたのだが、リオネルさんはそれを断り、別邸へと帰って行った。
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