10 聖歌の練習
午後からは、予定通りコレットの講義を受けた。竜神様を称える聖歌があり、それを歌えるようにしておかねばならないとのこと。婚儀の時に斉唱するのだ。
「お天気もいいですから、外でやりましょうか」
私とコレットは庭園に出て、聖歌の練習を始めた。困ったことに、歌は日本語では歌えなかった。竜帝さんのつがいになったことで、会話は日本語でやりとりができていたのだが、歌は違うらしい。
「リィ、ラーストレィ、チーア……」
何度も何度も歌い出しから練習した。歌なんて、高校生の音楽の授業ぶりだ。友達の結婚式に出たときは、口パクで誤魔化していたが、これは自分の式だ。きちんと歌わねば、バチが当たるだろう。いや、竜神様がバチを与えるような存在かどうかは知らないが。
「……ソー、ミーレイス、ヴィー、シーレンズ、ファーマリー」
「そう、そうですわ!」
コレットは手を叩いて喜んでくれた。これから毎日練習しよう。湯あみの前に、ルイがまた新しく服を仕立ててくれたとのことで、私はそれを受け取った。ピンク色のワンピースだった。
「コハク様の肌の色だと、こういう色味がお似合いだと思ってね!」
胸の辺りにフリルがあり、私の希望を叶えてくれた一枚となっていた。早速、湯あみの後、それに着替えた。夕食のとき、竜帝さんは私の新しいワンピースを見て、大輪の笑顔を咲かせた。
「コハク。とてもよく似合いますよ。なんて可愛らしいんでしょう」
「喜んでもらえて良かったです」
今夜のメニューもお肉だった。ホワイトソースがかかっていて、絶品だった。このソースには何が入っているんだろう。今度マルクに聞いてみよう。竜帝さんは言った。
「リオネルのこと。申し訳ありませんでした。短気な性格でしてね。早くつがいを作れと日ごろからよく叱られていたものですよ」
「そうだったんですね。私、リオネルさんに認めてもらえたんでしょうか……」
「あの子も素直じゃありませんから。今日、コハクの知識を知って、認めてしまったのだとは思います。けれど、それをすぐに口にはできない。だから、日を置いて、渋々認めるような流れになるのではないでしょうか」
この日、竜帝さんの夜の公務は無かった。いつもより早く、部屋でワインを飲むことになった。竜の姿になり、ちょこんとソファに座った竜帝さんは、翼をパタパタさせながら言った。
「近頃、本当に暑くなりましたね」
そういえば、竜の体温調節ってどうなっているんだろう。私は聞いた。
「もしかして、ヒトの姿で居た方が涼しいですか?」
「いえ、逆です。我々竜族はこちらが本来の姿ですからね。竜はどんな暑さ寒さにも耐えられます。ジュリアンやコレットも、自室ではこちらの姿でくつろいでいるのではないでしょうか」
「わあっ、見てみたい!」
私がそう言うと、竜帝さんは口で鐘をくわえると、チリチリと鳴らした。コレットさんがやってきた。
「いかがなさいましたか」
「ジュリアンとコレットも、ワインを一緒にいかがですか。その、こちらの姿で。コハクが喜ぶので」
「え、ええっ!?」
しばらくして、ガウンをまとったジュリアンとコレットが現れた。まだ人間の姿のままだ。コレットが心配そうに聞いた。
「その、コハク様。本当によろしいのですか?」
「もちろん!」
「では……」
ジュリアンとコレットの身体が光に包まれた。あまりの眩しさに私は目を閉じた。目を開けると、真っ赤な竜と漆黒の竜が床に立っていた。
「きゃあああああ! 可愛いー!」
私は彼らに飛びついた。そして、一気に頭をナデナデした。
「コハク様、くすぐったいですわ」
コレットが漆黒の身体をびくりとさせた。ジュリアンは、目を細めて、赤い尻尾をゆらゆらとさせていた。
「あー、気持ち良いです」
その様子を見ていた竜帝さんが、ちょっとムスリとした表情で、私の腕を前足でちょんちょんとつついた。
「あの、僕まだ今日は撫でてもらっていないです」
「あっ、ごめんなさい」
私は竜帝さんを抱え、頭を撫でた。彼は翼をたたみ、すっぽりと私の腕に収まった。コレットが言った。
「こちらの姿の方がいいだなんて、コハク様はやはりヴィクトル様のつがいにふさわしいお方ですわ。正直、わたくしもこちらの姿の方が楽ですの」
ジュリアンが、鼻先をコレットの顔に押し付けながら言った。
「わたしもそうです。いやぁ、コハク様が寛大なお方で良かった」
コレットは顔をそむけた。
「もう、ジュリアン。ヴィクトル様とコハク様の前ですよ。そういうのはよして下さいまし!」
「えー、いいじゃないかコレット」
私はにんまりとして言った。
「可愛い生き物たちが可愛いむつみ合いをしている……尊い! どうぞ続けて下さい!」
「ほら、コレット。コハク様もそう仰って下さったんだし」
ジュリアンは、コレットの顔をちろちろと舐めた。あー! マジで良い! もっとイチャイチャしてくれ!
しばらく四人で歓談した後、ジュリアンとコレットは帰っていった。そして、私は竜帝さんを抱えたまま、ベッドにもぐり、眠りについた。
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