21 菜園

 私はマルクに連れられ、竜帝城の菜園に行った。さほど大きくはないが、立派なものだった。今は根菜がいくつかと、香りづけのハーブが収穫の時期を迎えているとのこと。


「コハク様、サフランなんていかがですか? お茶にもできますよ」

「本当? ぜひお願い!」


 秋の心地いい風が菜園に吹いていた。コレットが、涼しくなったらお茶会でも、って言っていたことがあったな。今度ヴィクトルに頼んでお外でやってみよう。マルクに野菜やハーブを説明されていると、彼は本当に料理が好きなんだなぁということが伝わってきた。ここでの仕事はきっと天職なのだろう。


「そういえば、コハク様。刺繍をなさっているんですって?」

「うん。誰から聞いたの?」

「ルイですよ」

「ルイとは仲良いの?」

「ここに入った時期がほぼ一緒でしたからね。それなりには」


 そう言うマルクの横顔は、何もとりつくっていないように見えた。二人はまだ、本当に使用人同士というだけの間柄なのだろう。マルクは続けた。


「彼は凄いですよね。まだ子供なのに、裁縫室長だなんて。大した奴ですよ」


 あれっ、もしかして。マルクも知らない? 私は言ってみた。


「ルイは女の子だよ?」

「ええー!?」


 あ、やっぱりそうだった。マルクは目を白黒させ、頭を抱えた。


「どうしましょう。おれ、あいつが雄だと思い込んでたんで、失礼な態度を取っていたかもしれません」

「まあ、私も最近までは知らなかったよ」


 私はポンポンとマルクの広い背中を叩いた。マルクは言った。


「なぜ雄の名前を名乗っているんでしょうね?」

「私もそれは知らないや。直接本人に聞いてみれば?」

「そうします。それで、今までのことを詫びようと思います」


 一体、ルイとマルクの間ではどんな会話が交わされていたんだろう。この場で聞くのも無粋かと思い、私はやめておいた。それから、話はアドリーヌのことになった。


「おれの顔見て、物凄い早さで逃げて行かれたでしょう。おれ、このいかつい顔ですから。きっとこわがらせてしまったのかもしれませんね」

「ううん! そうじゃないよ! アドリーヌはね、そう……恥ずかしがり屋! 恥ずかしがり屋さんなの!」

「はあ、そうですか」


 今のところは、ルイが一歩リードというところか。彼らの恋模様はどうなるんだろう。もしかしたら、第三勢力が現れるかもしれない。確かにマルクの顔立ちはちょっとこわいけど、笑ってくれたときのギャップがたまらないんだよね。

 さて、今夜のメニューはハンバーグ。今日は私も手伝った。タマネギをみじん切りにして、ひき肉と合わせてこね、成型していった。横から見ていたマルクが言った。


「コハク様、お上手ですね」

「ハンバーグは、家でもよく作っていたからね。お母さんに教えてもらったの」

「それにしても、不思議ですね。異世界でも同じ料理があるなんて」

「ああ、アドリーヌが言っていたんだけどね? 二つの世界は、枝分かれしてできたんじゃないかって……」


 ハンバーグを焼きながら、私はアドリーヌの説をマルクに話した。


「凄いんですね。研究者という方は」

「そうなの。アドリーヌって、ちょっと変わってるけど、とっても良い子だよ」


 余計なことを言い過ぎたかな。でもまあ、これくらいはいいよね。ハンバーグが焼き上がると、それをマルクが綺麗に盛りつけた。そのまま夕食だ。ヴィクトルには、今日私が料理をすることを伝えていたので、楽しみに待っていてくれていた。


「ほう、これをコハクが……」

「えへへ、どうかな?」

「すっごく美味しいです。肉汁のしたたる感じがたまりませんね」


 それから私は、以前から気になっていたことを聞いてみた。


「竜の姿だと、生肉を食べるの?」

「幼児の頃はそうですね。僕たち竜族は、六歳くらいになるとニンゲンの姿をとることができます。それからは、調理したものを食べることがほとんどですよ」

「ってことは、竜の姿で産まれてくるんだ?」

「はい。卵から産まれますよ」


 ということは、私とヴィクトルの間に生まれる子供はどうなるのだろう。かつてニンゲンの妃がいたということを思い出し、さらに尋ねた。


「竜と人間の間の子供はどうなるの?」

「母親がニンゲンでしたら、ヒトの姿でお腹から産まれてきますね。竜の姿になれるのは、いつの頃だったか……済みません、調べておきますね」

「ああ、いいって。ちょっと気になっただけだから」


 夕食を終え、私は部屋で刺繍をしていた。大きな図案を選んでしまったせいで、物凄く時間がかかる。でも、針仕事というのはけっこう楽しい。一本一本、糸を通す度、私の想いも深まる気がした。ノックの音がして、ヴィクトルが部屋に入ってきた。


「コハク。刺繍の進み具合はいかがですか?」


 そう言って、手元を覗き込もうとしてきたので、私はさっと隠した。


「だーめ。出来上がるまでは見せたくないの」

「そうですか。なら、楽しみに取っておきますよ」


 その日も、小さな竜の姿をしたヴィクトルを抱えて眠った。もう何度目の夜になるのだろう。刺繍はもうすぐ完成できそうだ。あと、いくつかの夜を越えたら。今度こそ、私は彼にキスをする。

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