22 お茶会
麗らかな晴れの日。私が主催するお茶会が開かれた。といっても、出席者はヴィクトルとリオネルだけ。久しぶりに義理の弟にも会いたいと思ってしたことだった。庭園のテーブルに、三段のタワーのようにお皿を取り付けたものを置いた。マルクに頼んだら、軽く引き受けてくれたのだ。アフタヌーンティーってやつ? 一度やってみたかったんだよね!
「姉様。本日はありがとうございます」
「リオネル、元気だった?」
「うん。仕事漬けだったから、良い気晴らしになりそうだ」
お皿の上には、一口大の様々なお菓子が盛りつけられていた。モンブランは、私が作ったものだ。それを口に放り込み、リオネルは感心したように声を漏らした。
「美味しいね、これ」
「でしょう? 私が作ったの」
「へえ、姉様が? 器用なんだね」
そんな私たちの会話を、ヴィクトルはニコニコと聞いていた。そして、リオネルに向かって言った。
「リオネルは、そろそろつがいを作らないのですか? 兄である僕が作りましたから、もう遠慮は要らないはずですよ?」
リオネルは、紅茶を一口飲むと、首を横に振った。
「いや、つがいになりたいと思える令嬢がいなくてさ……」
「僕には散々早くつがいを作れと言っていたのに。あなたもいい歳ですよ。早く作りなさい」
「ちぇっ、自分にできたからって調子いいんだから」
話題をそらしたかったのか、リオネルは仕事の話を始めた。
「来年から、公職の竜族に限り、源泉所得税制度を導入しようとしているんだ。それに向けて、税務庁でも竜の数を増やしているところ」
「そうなんだ!」
「果たして上手くいくかどうか……やってみないと分からないけどね」
それから話は、アドリーヌのことになった。リオネルが聞いた。
「彼女と上手くやれてる?」
「うん。最初は変わった子だなぁって思ったけど、研究熱心で可愛いよね」
「異世界のことも、解き明かせるといいね」
アドリーヌは、私の所へ来ない日は、研究室にこもりっきりで、私の伝記を書いているらしい。彼女の部屋からは、時折奇声が聞こえてくるのが有名なんだとか。リオネルは苦笑した。
「本当に異世界のことしか興味が無いんだな、アドリーヌは」
「う、うん。そうだね」
私しかアドリーヌの恋のことは知らないのだろう。ルイとの三角関係のこともあるし、ここは黙っておくことに決めた。ヴィクトルが言った。
「そうだ、コハク。明日は工事の視察に行くので、帰りが遅くなります」
「そうなの? 工事って?」
「治水工事です。去年、堤防が決壊しましてね。その改修を行っているんです」
竜帝のお仕事って、そんなこともするんだな。リオネルが言った。
「でも、そんなの兄様が直接行かなくても、ジュリアン辺りを代理に立てりゃいいんじゃないの?」
「あの川は、以前から危険性を訴えられていましてね。でも、手が回らなくて、とうとう大きな被害が出てしまったんです。竜帝として、力不足でした。だから、僕が直々に行きたいんです」
ヴィクトルは、真面目な顔付きでそう言った。妃として、できることは何か無いのだろうか。私は聞いた。
「ねえ、ヴィクトル。私に手伝えることって無い?」
「心配しなくても大丈夫ですよ、コハク。これは僕の仕事ですから。あなたは、妃として、この竜帝城を盛り上げて下さい。いえ、もう盛り上げてくださっているんですけどね? あなたが来てから、使用人たちも楽しそうなんですよ」
そうなのか。私はただ、厨房に顔出したり、刺繍をしたりしていただけなんだけど。この竜帝城には、まだまだ私が顔と名前を覚えていない竜がたくさん居る。その竜たちと、もっと親交を深めるのもいいかもしれないな。そう考えていると、控えていたコレットが言った。
「お茶のおかわりはいかがですか?」
私たちは、コレットに紅茶を注いでもらった。ポットを持ち、下がろうとしたコレットが、よろけて地面に手をついた。私は叫んだ。
「コレット!?」
コレットは、頭に手をやり、顔をしかめていた。私は彼女に駆け寄った。
「どうしたの!?」
「も、申し訳ございません。ちょっと、めまいが……」
涼しくなってきたとはいえ、この日差しがこたえたのだろうか。コレットには悪いことをした。リオネルが、彼女を木陰に運んでくれた。数分のち、彼女は立ち上がった。
「ご心配をおかけいたしました。もう大丈夫です」
私は言った。
「本当に? お医者さんに診てもらった方がいいんじゃない?」
「いえ、大丈夫です。身体は丈夫な方なので」
その夜、私はソファで小さな竜の姿になったヴィクトルに言った。
「コレットのこと、心配だよ。よっぽど疲れてたのかな」
「僕も気になります。彼女には仕事が集中しすぎていたみたいですね。僕の采配ミスです」
そして、ヴィクトルは、侍女の数を増やすことを約束してくれた。今では、コレットをはじめとした竜帝城の竜たちも、大事な家族だもの。これ以上、無理をしてほしくないよね。
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