16 新たな趣味

 婚儀から一ヶ月が過ぎた。この世界にも四季があり、季節はすっかり秋になっていた。アドリーヌとは、顔を合わせる度に少しずつ打ち解けていった。彼女も私に慣れてくれたようで、初日に比べれば感情の起伏も落ち着いてくれた。

 さて、今日は何の予定もない。コレットにメイクをされながら、私は彼女に相談した。


「ねえコレット。お妃様って、他にすることないの? 先代のお妃様は何をしていたの?」


 コレットは言った。


「先代のお妃様……ヴィクトル様のお母様は、刺繍が趣味でしたの。そうだ、コハク様も始められては? ルイが教えてくれるでしょう」

「本当? 私、針仕事なんてほとんどやったことないけど、挑戦してみようかな!」


 私は裁縫室へと行った。相変わらずルイはミシンを踏むのに熱中していて、私が肩を叩くまで気付かなかった。


「わわっ! コハク様! どうしたの?」

「ルイに刺繍を教えてもらおうと思って」

「うん、いいですよ!」


 ルイはまず、図案集を出してくれた。花や蝶など、様々な図案があった。


「まずはハンカチ程度のものから始めたらいいと思うんだ。どれがお好きですか?」

「そうだなぁ……」


 私はヴィクトルのことを想った。つがいになって二ヶ月が経つが、意外と彼のことを知らないことに気付いた。せっかく何か作るなら、ヴィクトルにあげたいな。彼が好きなものって何だろうか。とりあえず今日は図案集を借りるだけにして、私は部屋に戻り、コレットを呼んだ。


「ねえコレット。ヴィクトルの好きなものってわかる? 私、ヴィクトルの好みのものを刺繍してあげたくて」

「そういうことでしたら、ジュリアンの方が詳しいかもしれませんわね。呼んできますわ」

「でも、公務で忙しいんじゃない? いいのかな?」

「お妃様の大事なご用事ですから。少しくらいは大丈夫ですよ」


 しばらくして、ジュリアンが部屋に来てくれた。


「ヴィクトル様の好きなものですか?」

「うん。私、実はあんまり知らなくて。ほら、この図案集の中ならどれがいいかな?」

「そうですねぇ……」


 コレットも一緒になって、あれやこれやと話した結果、青い薔薇の図案に決めた。薔薇はヴィクトルの好きな花らしい。そして、彼の瞳の色である青い色だと、きっと似合うだろうということだった。ジュリアンが言った。


「まあ、コハク様の作ったものなら、ヴィクトル様は何だってお喜びになるでしょうけどね。わたしも、コレットの作ったものなら何でも嬉しいです」

「もう、コハク様の前ですよ。やめて下さいまし」


 そう言って唇を突き出すコレット。いつもは見れない表情だから、なんだか新鮮だ。本当に二人は仲が良いんだろうなぁ。私は彼らの馴れ初めが気になってきた。


「ねえ、どうやって二人はつがいになったの?」

「おれ……あっ、わたしの猛烈な一目惚れでして」

「ジュリアンの?」

「そうですのよ。そのしつこかったこと。百年くらいは言い寄られましたの」

「そ、そうなんだ」


 百年間続く一目惚れか。そいつは凄い。


「どうしてコレットは折れたの?」

「高給取りになったら、つがいになってもいいと条件を出しましたの。まさか、秘書官にまで出世するとは思いませんでしたけど……」


 惚れた挙句に出世したのか。そいつも凄い。コレットがもじもじし始めたので、これ以上聞くのは可哀相かなぁと思い、やめておいた。またゆっくり二人のラブラブっぷりを教えてもらおうっと。

 翌日私は、図案集を持って裁縫室へ行った。ルイに図案を見せると、青い刺繍糸を何本か見せてくれた。なるべくヴィクトルの瞳の色に近いものを私は選んだ。


「違う違う! コハク様、糸はもう少し引っ張り出して!」

「わーん! 難しいよぉ!」


 手芸なんて、家庭科の授業以来だ。せめて針で指を刺さないよう気をつけながら、私はルイに手を取られ、悪戦苦闘していた。


「うーん、これは、波縫いの練習から始めた方がいいかなぁ……」

「この図案ってけっこう難しいの?」

「そうですよ。でも、これがいいんでしょう?」

「うん……」

「じゃあ、基本的な縫い方を練習して、一歩ずつ進めましょう!」


 それから私は、裁縫室に入り浸った。そうしている内に、ヴィクトルに刺繍の練習をしていることを知られてしまった。本当は内緒にしておきたかったのだけど。


「刺繍は母の趣味でしたからね。正直、嬉しいです」

「でも、ぜーんぜん上手くいかないの! 私ったら不器用でさぁ……」


 はた、と私は思い当たった。


「ねえヴィクトル。ルイと一緒に居るのは焼きもち焼かないの?」

「焼きもち? なぜですか? 彼女は雌ですよ?」

「そっか、女の子なんだ。ってええー!?」


 異世界に来てしまったことと、つがいになってしまったことの次に衝撃だった。


「ああ、雄の名前ですし、まだ百歳くらいですからね。勘違いされている方も多いんですよ」

「もう、本当にびっくりした!」


 ともかく、ルイに刺繍を教えてもらうのは問題なさそうだ。青い薔薇が出来上がるまで、彼、いや、彼女には協力してもらおう。

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