17 恋の応援
今日はアドリーヌが来る日。私は図書室で彼女が来るのを待っていた。彼女には、私の半生をあらかた話していた。高校までは、公立の学校に行ったこと。大学では文学部にいたということ。派遣社員となり、働いていたこと。さあ、今日は何の質問が飛んでくるかな?
「コハク様。ごきげんよう」
「こんにちは、アドリーヌ」
「今日はですね! わたしの! 仮説を! 披露したくてですね!」
バンバンと机を叩くアドリーヌ。こういうのにももう慣れた。私は聞いた。
「仮説ってなぁに?」
「こちらの世界と、コハク様の世界。あまりにも似すぎているとは思いませんか?」
確かにそうだ。こちらでも、一年は三百六十五日らしい。四季もあり、動植物も同じもの。ただ、竜の存在だけが違う。アドリーヌには、私の世界では竜は想像上の動物で、実在しないものとして扱われていることを伝えていた。
「そこで考えたんです。二つの世界は、途中から枝分かれしたのではないかと。竜族が、何らかの原因で滅んでしまい、ニンゲンが発展させた世界。それがコハク様の世界なのではないかと」
「うん……なるほどね。それなら説明がつきそう」
「でしょう!? 元々一つの世界だったんですよ! あちらとこちらは!」
そうだとすれば、別れた理由は何なのだろう。私のように、異世界同士を渡ってしまった存在については。疑問がどんどん生まれていった。私がうつむいていると、アドリーヌは私の手を握った。
「このアドリーヌが、全て解明してみせます。異世界へと渡る方法についても、突き止めてみせましょう」
「本当!?」
私は父と母のことを想った。意図的に渡ることができたら、せめて手紙でも届けることができたなら、私が幸せに暮らしていることを伝えられるかもしれない。つうっ、と涙が頬を伝った。
「コハク様!?」
「つい、両親のことを思い出したの。きっと心配してるだろうなって……」
そのとき、扉がノックされ、コレットが入ってきた。
「お茶の時間ですわ」
涙をぬぐい、私はコレットに笑いかけた。
「今日のおやつは何?」
「マドレーヌでございます」
紅茶と一緒に、小さな可愛いマドレーヌが運ばれてきた。アドリーヌが、それを口に運びながら言った。
「むぐ……今日もおいひいですねぇ」
「そうだね」
そういえば、アドリーヌは名家のご令嬢だということだったが、そんな雰囲気はまるでしない。こうやって、物を口に入れながら喋る。まあ、そんな気安さがあるからこそ、彼女にはあれこれと話ができるのだが。紅茶を一口含み、彼女は言った。
「これを作る料理人は大した腕ですよ」
「うん、マルクっていうの。そうだ、直接お礼でも言いに行こうか?」
私とアドリーヌは連れ立って厨房へ行った。夕食の支度まで暇があるようで、マルクは椅子に座って紅茶を飲んでいた。
「これはこれは、コハク様」
「お菓子のお礼を言いにきたの! こちらが、研究者のアドリーヌ」
紹介のために、とアドリーヌの顔を見せようとしたら、なぜか彼女は私の後ろに隠れてしまった。そのまま、彼女は小さな声で言った。
「その……美味しかったです」
マルクの顔がぱあっと輝いた。
「ありがとうございます。そう言って頂けるのが、料理人として最高の幸せですよ」
「そ、それじゃあ!」
逃げるようにして、アドリーヌは厨房を出て行った。その後を、私は慌てて追いかけた。彼女は廊下を全速力で駆けていた。そして、図書室まで来ると、椅子に座ってぜえぜえと息をついていた。私も息が切れた。呼吸が整うのを待って、私は尋ねた。
「ねえ、アドリーヌ。一体どうしたの?」
「さささ、さっきの、料理人の」
「うん。マルクがどうしたの?」
「つ、つがいは居るんですかね?」
「えーと、居ないよ」
「マジですかー!? あんなにいい雄なのに!? つがいが! 居ないと!」
頭を抱え、うんうんと唸りだしたアドリーヌの姿は、とっても滑稽だった。ちょっと放っておけば治るだろう、と私は黙っていた。彼女は叫んだ。
「どうしましょう! もう一度会いたい! けど無理! カッコよすぎて無理!」
「もしかして、恋しちゃった感じ?」
「んはー!」
しまいには床を転げ始めた。本当に見ていて飽きないなこの子。そっか、恋しちゃったか。それを知ったからには、協力してあげたいところだけど……不安しかない。アドリーヌは、いきなりガバッと起き上がって言った。
「わたし、雄になんて興味は無いと思っていたのに。どうしましょう。彼の顔が焼きついて離れないんです」
「うん。それは立派な恋だね」
「ギャー! このわたしが! 一族の行き遅れと散々お荷物扱いされていたわたしが! 恋!」
そして、またジタバタと身体を動かし始めた。応援してあげよう……かな?
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