24 つがい
医官の適切な処置により、解毒に成功し、ヴィクトルは一命をとりとめた。小さな竜の姿のまま、ベッドに寝かせた。私は彼の頭を撫でた。意識はまだ、戻らない。ジュリアンの話によると、賊は取り逃がしたようだ。それももう、どうでも良かった。こうして無事に帰ってきてくれたのだから。
「ヴィクトル……」
前足に巻かれた包帯が痛々しかった。どんどん涙がこぼれてきた。ぬぐってもぬぐっても、止まらなかった。そうしている内に、私は丸まって眠ってしまっていた。
「……コハク。コハク」
窓から朝日が差し込んでいた。私はバッと身を起こした。ベッドの上に、小さな竜の姿のヴィクトルが、ちょこんと座っていた。彼のブルーの瞳がきらめいた。
「ヴィクトル! 目覚めたのね!」
「はい。ご心配をおかけしました」
私はヴィクトルを抱き締めて頬ずりした。良かった。愛しい私の旦那様。
「昨日は……うなされて、コハクの名前を呼んでしまったようですね」
「うん。聞こえたよ、ヴィクトルの声」
「僕たちはつがいですからね」
そして、そっとキスをした。それから私は、コレットを呼んで、ヴィクトルの包帯を替えてもらった。
「本当に良かったですわ。昨日のコハク様ったら、ヴィクトル様のところに行くと仰って、止めるのが大変だったんですよ?」
「ごめんね、コレット」
「ええ……でも、わたくしも、ジュリアンにもしものことがあれば、同じことをしたでしょうね」
毒は抜けたが、しばらくは安静にする必要があるらしい。私とヴィクトルは、ベッドの上に寝転がり、つがいとしてのひと時を満喫した。
「そうだ、ヴィクトル。刺繍が完成したの」
「おや、そうなんですか?」
私は一旦ベッドを出て、ローテーブルの上に置いていたハンカチを取り、またベッドに戻った。
「ほら、どう?」
「おお……見事です。さぞかし時間と手間がかかったでしょうね」
「大変だったんだよー! あっ、裏はあんまり見ないでね!」
それから、私はヴィクトルに囁いた。
「でね、ヴィクトル。刺繍が完成したら、したいと思っていたことがあるんだけど……」
「はい、何でしょう?」
「その、ね。人間の姿のヴィクトルと、キス、したいなぁって」
ヴィクトルは、翼をバタバタとはためかせた。
「コハク! しましょう。ぜひしましょう」
「あっ、でも包帯……」
「もう血は止まっているので大丈夫です。えいっ」
爪でヴィクトルは包帯を解いてしまった。そして、彼の身体は光り輝き、人間の姿になった。絹のような銀髪が、はらりと彼の肩に落ちた。
「コハク」
横向きに寝転がったまま、私たちは見つめ合った。今度こそ、そらさない。私はヴィクトルのつがい。竜帝の妃なのだ。
「愛してる、ヴィクトル」
「僕も愛しています、コハク」
私は目を閉じた。ゆっくりと、柔らかい感触が唇を覆った。とくん、と私の鼓動が高鳴った。私とヴィクトルは手を組み合わせ、しばらくそうしていた。
ああ……幸せだなぁ。
これまで、色んな事があった。いきなり竜の世界に飛ばされて。つがいになったと言われて。城下町で攫われて。助けに来てくれて。婚儀をあげて。
私は、これからもヴィクトルと共に生きていく。この世界で。彼の統べる、この素晴らしい世界で。私たちは誓った。身が朽ち果てるまで、共に生きると。
「コハク」
唇を離され、私は目を開けた。目を細めて微笑む、愛しいつがいの姿がそこにあった。私も、彼の名前を呼ぼうと――したのだが。
「キャー!」
私はヴィクトルの手を払いのけた。お尻を触ってきたのだ。
「あっ、済みません。ダメでしたか」
「ダメー!」
「でも、いいじゃないですか! 僕たちつがいなんですから! それに今僕弱ってるんですから!」
「弱ってるんだから余計にダメですー!」
結局、ヴィクトルは小さな竜の姿になった。
「あっはー! やっぱりたまんない! 可愛すぎるよぉ!」
「コハク。いつも思うんですけど、僕がこの姿のときの態度、普段と違いすぎませんか?」
「可愛い生き物の前ではこうなっちゃうの!」
「むぅ……僕だって早くコハクを抱っこしたいのに」
「可愛いよぉ、可愛いよぉ!」
私の愛しいつがい。旦那様。これからも、末永くよろしくね。
第一部・完
爬虫類好き派遣社員、竜帝様のつがいになる~溺愛は竜の姿でお願いします!~ 惣山沙樹 @saki-souyama
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