13 婚儀

 私がこの世界にやってきて一ヶ月後。とうとう今日は婚儀の日だ。この日に備えて、私は毎日聖歌の練習をしたり、式典の順序を確認したりしていた。

 純白のドレスに身を包み、私は鏡の前に立っていた。お父さんとお母さんにも、この姿を見せたかったなぁ……。元の世界のことは、やはり気がかりではあった。けれど、ごめんなさい。私はヴィクトルのことを愛しているの。私はここで、幸せになります。

 馬車に乗って、婚儀が行われる大神殿へと向かった。ヴィクトルは後で向かうらしい。私は大神殿のあまりの広さに絶句した。こういった式典では、竜族は本来の姿を取るから、それに応じた広さらしい。


「うわぁ、緊張してきた……」


 大きな漆黒の竜が現れた。コレットだ。


「コハク様。いよいよ本番ですね」

「うん。上手くできるかな?」

「コハク様ならきっと大丈夫ですわ。ああ、わたくしも、この日をどんなに待ちわびていたか……」


 私は花嫁の控室に入った。竜が入るのを想定しているから、この部屋も広い。ルイだけは人間の姿をとり、ドレスの最終確認をしてくれていた。


「すっごく綺麗ですよ、コハク様」

「ありがとう。ルイのドレスのおかげだよ」


 鐘が三回鳴った。婚儀の開始の合図だ。私はゆっくりと歩みだした。ヴィクトルは、本来の姿で私を出迎えてくれた。身体のあちこちに、装飾品をつけていた。竜帝の一族に代々伝わる品らしい。彼は私を見ると、優しく目を細めた。


「リィ、ラーストレイ、チーア……」


 聖歌の斉唱だ。私たちの後ろには、リオネルさんたち一族の竜や、ジュリアンたち公職の竜がずらりと並んでいた。竜神様を称える歌が終わると、今度は司祭のお言葉。


「ここに、一組のつがいが誕生したことを、竜神様にご報告いたします。夫、ヴィクトルと、妻、コハクは、互いに愛し合い、慈しみ合い、その身朽ち果てるまで、共に生きることを誓います」


 竜たちの視線が、一斉に私たちに降り注いでいた。私とヴィクトルは見つめ合った。


「誓いのキスを」


 ヴィクトルは身を低くして、私にそっとキスをした。鐘が何度も鳴り響いた。これで、式典は終わった。

 それからは、竜帝城の大広間に場所を移して、披露宴だ。人間の姿になった竜族たちが、とびっきりのお洒落をして、ワインを酌み交わした。最初に私たちの席にやってきたのは、リオネルさんだった。


「兄様。おめでとうございます」

「ありがとうございます、リオネル」


 リオネルさんは、私の顔を見ると、小さな声でこう言った。


「その……姉様。これからも、よろしくお願いします」

「私こそ、リオネルさん!」

「オレたちは、もう家族になったんだ。リオネル、でいいよ」

「じゃあ、リオネル。よろしくね!」


 私が両手で握手をすると、リオネルは顔を伏せた。


「じゃ、じゃあ、また異世界のこと聞きに来るからな」


 そう言って行ってしまった。それから、入れ替わり立ち替わり、様々な竜族が挨拶に来た。とても名前と顔を覚えられない。私はただ、ニコニコしているので精一杯だった。

 本当は、この場に両親が居てくれたらなぁ……。それを思うと、どうしようもなく切なくなってきた。そんな私の動揺に、ヴィクトルは気付いてくれていた。


「少し休みますか、コハク」

「うん……」


 私たちはバルコニーに行った。丁度、音楽の演奏が始まり、出席者たちはそちらに見入っていた。


「さすがに疲れましたよね」

「あのね、ヴィクトル。お父さんとお母さんのこと、恋しくなっちゃった」

「そういうことですか」


 ヴィクトルは私の肩を抱いた。私は不思議とそれを受け入れていた。


「僕も、お父様とお母様にコハクのことを紹介したかったです。きっと、楽園から、見守って頂いていると思いますがね」


 バイオリンだろうか。弦楽器の奏でる美しい音色が大広間を満たしていた。それを聞いていると、我慢していたものがぽろぽろとこぼれ落ちた。


「コハク。良いんですよ。僕の前では思いっきり泣いて下さい」

「ヴィクトル……」


 演奏が終わるまで、しばらく私はそうしていた。

 披露宴も終わり、ドレスを脱いだ私は、コレットに身体を洗われていた。一ヶ月後も経つと、こうされるのはすっかり慣れっこだ。彼女は言った。


「今日のコハク様、本当にお綺麗でしたわ」

「ありがとう、コレット」

「これであなた様は、名実共に竜帝様のお妃様です。明日からは、ゆっくりとお過ごし下さいませ」


 湯あみを終え、部屋に戻ると、ガウン姿のヴィクトルがソファで待っていた。


「もう、ワインは要りませんかね?」

「そうだね。披露宴で散々頂いたし」


 ヴィクトルの隣に私も腰かけた。薔薇のいい香りがした。コホン、と咳払いをして、彼が言った。


「それで、その、コハク。今夜はヒトの姿で一緒に眠りたいんですが……」


 こ、婚儀の夜だもんね! ヴィクトルだって、いい加減そうしたいよね! でも、私には決心がつかなかった。


「ごめんなさい、ヴィクトル。やっぱり竜の姿でお願いします」


 そう言ってぺこりと頭を下げると、ヴィクトルは薄く微笑み、竜の姿になってくれた。そうして、婚儀の夜も、そのままの彼を抱えて眠った。

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