初夜

 オルシウスはルカの部屋の前に立つ。


 式を挙げた昼間の高揚感が、今もまだ身体の中でくすぶりつづけている。


 扉を開けて応接の間を抜け、寝室へ続く扉までいくと、ノックをする。 


「俺だ」


「……はい」


 控え目な、ルカの声。


‘くそ……っ’


 彼女の鈴のように澄んだ声に、がらにもなく緊張してしまう。


 扉を開けると、寝台のそばで彼女が立っていた。


 綺麗な月の晩。


「っ」


 鼓動がうるさいくらい、激しくなる。


 大きく取られた窓から冴え冴えとした月明かりが部屋へ差し込み、ルカの姿を闇の中からありありと浮かび上がらせていた。


 ドレスから寝巻に着替えたルカが恥じらうように頬を染める。


 その寝巻は羽衣のように薄手で、彼女のしなやかな身体を透かしていた。


「……こんな格好でごめんなさい。あ、アニーが変な気を回したのかも……」


 着飾ったルカにも魅了されたが、やはり自然体の彼女こそ最も魅力的だと、オルシウスは実感する。


「綺麗だ」


「本当に?」


「ああ。俺以外の誰にも見せたくない……」


「ふふ。こんな格好、あなた以外の前ではしないわ」


「服のことじゃない。お前そのものを、だ」


「ぁ……」


 頬染めたルカは、どこを見ていいのか分からないように視線をさまよわせる。


 その顔に胸の内から狂おしいほどの熱情がこみあげれば、いてもたってもいられずにその華奢な身体を抱きしめる。


「っ……」


 一瞬驚きに見開かれたルカの潤んだ眼差しが、すぐに愛おしいものを見るそれへと変わる。


「……ごめんなさい。私が聖女でないばかりに、あなたを受け入れてあげられない……」


「全て承知の上でつがいになった」


 唇を奪う。


「ん……っ」


 教会で愛を誓った時よりもずっと深く、情熱的に、少し乱暴に、ルカの唇を感じる。


 ルカの身体から力が抜け、しなだれかかってくるのを、腰に腕を回してしっかりと支えた。


 ふわりと、甘い香りが鼻腔をくすぐる。


 頭の芯が痺れるような心地に、オルシウスの呼気は自然と乱れた。


 ルカの華奢な身体を支えながら,ベッドへ導く。


「オルシウス……」


 オルシウスはルカを胸に掻き抱けば、少し駆け足ぎみの心音が伝わって来た。


 ルカのしなやかな身体は柔らかく繊細で、少しでも力をいれれば壊れてしまいそうだ。


 オルシウスは、ルカの首筋にそっと顔を埋める。


「あ……っ」


 ルカがかすかに鼻にかかった声をこぼす。


‘愛の誓いを交わした聖女からは、つがいの竜を惑わすほどの色香を放つらしいが……’


 ルカは聖女ではない。


 ただの人だ。


‘なのにどうして俺はルカの香りに、こうも心を乱される……?’


 今すぐルカの全てを自分のものにしたいという欲望に、身も心も飲み込まれそうになる。


 だがそれは許されない。


 人の身では竜気に耐えられない。


 彼女を永遠に失うことになる。


‘俺が、ルカを愛しているから、こんなにも昂ぶるのか……?’


 しなやかな身体も、砂糖細工のように繊細な指も、桜色の爪も、蜜色に輝く艶やかな髪の一本一本にいたるまで、全てが愛おしい。


‘今日は、眠れそうにないな……’


 オルシウスは苦笑しながらも、彼女の存在を感じ続けた。

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