王都にて(シェリル視点)

「……ルカは、うまくやっているかしら」


 紅茶を口にしながら、ローザンはため息混じりに呟く。


「お母様、あれが心配なの?」


「当然じゃない。あの愚鈍でのろまで馬鹿な小娘よ。あれが忌まわしい黒き竜のお眼鏡に適うはずがない。あっさり嘘もばれて送り返されるに決まっているわ。そうしたら黒き竜は、今度こそ本物の聖女であるあなたを、つがいに求めてくるはず」


「ご心配なく。その前に私がつがいになっていればいいんだから」


 シェリルは虫も殺せぬような笑顔で、ローザンに微笑みかける。


 ローザンは気丈な娘の姿に、安堵の笑みを浮かべた。


「ええ、ええ、そうよね。そうなんだけど……問題はその相手。アルズール様の許嫁であったあなたに相応しい相手ともなると、なかなか見当たらないの。赤き竜、青き竜の竜帝候補者たちも、おぞましい黒き竜に壊されたから……。そうなるとどうしても見劣りのする竜くらいしか、ねえ……」


「お母様、お相手のことなら心配はいりませんわ」


「……どういうこと?」


「私、アルズール様の元に嫁ぎます。実際、私たちの婚約は解消されていませんもの」


「何を言っているの。あ、アルズール様は……!」


 ローザンは娘の大胆過ぎる言葉に目を剥き、ソファーから立ち上がった。


「竜帝候補でなければ、私が嫁ぐ価値がない、そうお母様は仰るの?」


「そうではないわ! アルズール様は……こ、壊れて……しまったそうじゃない……。部屋から一歩も出ず、ご両親はおろか、白き竜の長とも会おうとしない……」


「お母様、そのように無責任な世間の噂に振り回されてはいけません。アルズール様は正気です。少しお心が弱られているだけ」


「どうしてそう言えるの?」


「お会いしておりますから」


「最近、頻繁に出かけていると思ったら、そんな勝手に……!」


 シェリルはキッと、ローザンを睨んだ。


「っ!」


 娘が自分に向けたことのない敵意に、ローザンはびくっと肩を震わせた。


「お母様、私の結婚相手です。お母様の、ではございません」


「分かっています。でも……」


「……私、もう決めましたから。私の相手はアルズール様。それは変わっておりません」


「私に一言の断りもなく!? 私はあなたの幸せを思って……」


 シェリルはため息をこぼす。


「お母様、やめましょう。この話はまた後日。今のお母様は気が立っていて、冷静に話し合えませんもの」


「ま、待ちなさい! 誰か、シェリルを止めて!」


 ローザンは使用人に命じるが、全員シェリルの一睨みで身が竦んでしまったようにその場に立ち尽くして動かない。


 ローザンのわめき声を背中で聞きながら、シェリルは悠然と部屋を後にした。


‘所詮、お母様は聖女ではなく、ただの女にすぎないわ。家柄だけの男に嫁ぎ、聖女を生むだけの道具……。でも私は違う。私は選ばれし聖女なんだから……’


「馬車を出して。アルズール様にお会いするわ」


 シェリルは使用人に命じた。

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