オルシウス

「はああああああああ……!!」


 東の空が白んだ明け方。


 静寂を斬り裂くように、雄叫びが響き渡った。


 修練場で剣を振るうのは、オルシウス。


 剣は的確にターゲットを模した木製の人形の腕を奪い、足を挫く。


 そして最後の一撃で、心の臓を貫く。


 目にも留まらぬ速さの斬撃。


「はぁ……はぁ……っ」


 肩で息をする。


 流れる汗が裸になった上半身を流れ落ちていく。


 オルシウスの身体から、もうもうと湯気が上がった。


 剣を鞘に戻す。


 竜族にとって人の姿でいることは理性の証。


 みだりに竜になるのは我慢を知らない赤子か子どもくらい。


 竜になるのは、戦う時だけ。


 それがどの竜にも通じた不文律。


 だからこそオルシウスは人の姿で剣の稽古に励む。


 そこへ聞こえてきた拍手の音に振り返ると、ギルヴァが立っていた。


「陛下、見事な剣技でございます」


「暇な奴だな。世辞を言うために来たのか」


「花嫁候補は今夜、こちらに到着する予定でございます」


 ギルヴァから渡されたタオルで、汗を乱暴に拭う。


「今回で十一人目か。今度こそまともな聖女であることを祈るか。で、次はどこのどいつだ?」


「シェリル・ルーダ・アリウス。アリウス侯爵家の令嬢にして、陛下が半殺しにしたアルズールの許嫁です」


「正気か? 妻とするには不適当だろう。俺を殺させたいのか?」


「名門出身で未婚ともなれば、その数は限られてまいります」


「聖女の力や血統など俺にはどうでもいい。ただ領民を愛してくれさえすれば、な」


「お気持ちは痛いほど理解できます。しかしこれも黒き竜の将来のため、とお考え下さい」


「強い力を持つ聖女とつがいになれば、相応の子をなせる、か。耳にたこができるくらい聞いた」


「……到着されるまでに、シェリル様の身上書をお読み頂き……」


「ギルヴァ、いいことを思いついたぞ」


 オルシウスは口の端を持ち上げ、不敵な笑みを浮かべた。


「おやめください」


 側近の即答に、オルシウスは眉をひそめた。


「俺が何を思いついたか分かるのか?」


「分かりませんが、ろくでもないことなのは分かります」


 瞬間、オルシウスの周囲に黒き突風が吹き荒れ、ギルヴァは思わず目を両腕でかばう。


 黒く渦を巻く風の流れの向こう側に、うっすらと透けて見えるオルシウスのシルエットが、みるみる巨大な竜のそれへと変わっていく。


「へ、陛下……!?」


 黒く渦巻く風が消え去った後、そこにいたのは十メートル近い身の丈の黒竜。


 長く太い尾をうねらせ、鋭い眼光で睥睨する。


 差し込んでくる朝日を浴び、鱗がギラギラとした輝きを放った。


「どうせその女も、これまでのクソ聖女どもと一緒だろう。この姿を恐れるのなら、そもそも花嫁失格だ。追い返す手間がはぶけるっ!」


 オルシウスは翼を広げると、はばたかせる。


「いけません、陛下!」


「新しい花嫁を迎えに行ってくる!」


 側近の注意を無視したオルシウスは明るくなりはじめて東の空めがけ、飛翔した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る